皆で氷見を見にいこう!暮らし体感ツアー絶賛開催中

みらいエンジンでは、氷見のことを「情報として知る」だけに留まらず、その場の空気や、そこで暮らす人々の息づかいをも感じながら、住まい、しごと、コミュニティ、といった人生の大事なエレメントに出会っていただくために、暮らしの体感ツアーを企画&開催しております。
 
「ツアー」と言っても、予め決まったプログラムはありません。移住を考えている方のご要望にあわせて、オーダーメイドで内容を組み立てます。みらいエンジンがスタートしてから、ほんの短い期間ですが、今まで4組の方が参加してくださいました。
 
富山県内で仕事をされている方が、海と山の自然が豊かな場所で暮らしたい。Iターンで富山県に移住してきた方が、山村の古民家で暮らしてみたい。県外からのIターンで移住を検討されている方が、子育てにぴったりな環境に住みたい。など、皆さんの夢や希望は様々なので、私たちからの一方通行な情報や企画は、あまり役に立ちません。
 
そう簡単に、ニーズをパターン化、対応をマニュアル化、できるようなものではありません。本当に「毎回が勉強」だと痛感しました。思わぬ視点のハードルだったり、私たちがノーマークだった情報を必要としていたりと、ニーズの最小公倍数で体験プログラムをつくるなど、やっぱり考えられません!
 

 
来春、中学生になるお子さんのいるご家族から「ハンドボールが出来る中学校に行きたい!」という要望をお聞きしました。なるほど!氷見と言えば「春の全国中学生ハンドボール選手権大会」が有名です。毎年、全国大会で優勝するような学校が市内に複数校あります。ですから、住まいを探すなら、ハンドボールが盛んな中学校の学区で!ということになります。このような時は、県外出身の私たちではお手上げとなります。そこで、教育委員会に一緒に行って、現役の先生に色々と詳しいことを聞いてみました。
 
また、通常の不動産として流通していないような古民家を探している方については、空き家情報バンクに登録されている物件だけでは、それぞれのご希望に対応することができません。古民家を探している方は、ご自身で修繕、リフォームをして住むつもりの場合が多い傾向があります。このような時は、地域の方々に協力をお願いし、すぐに住めない状態であっても、空き家を紹介して頂きました。
 

 
子供たちは、寒くても元気です!これから新しい土地に来て、今までのお友達とも離れ離れになってしまうのに、期待のほうが大きいのでしょうか。私(明石)は、小学生のときに1回、中学生になるときに1回、転校を経験しました。その時の不安は、今でも覚えています。だから、氷見への移住が、これから先の長い人生において、最良のものになれば良いなと願います。
 
他に、暮らしの環境は二の次で、とにかく、創作工房として最適な場所を探しています!という作家さんもいらっしゃいます。この感覚は、アーティストならではのもので、私たちには理解できない世界かもしれません。ですから、移住を考えている方の気持ちに「寄り添う」という姿勢が、とても大事なことであり、益々その思いが強くなります。
 
氷見に移住をお考えの皆さん、少しでも興味がある皆さん、いつも、こうした事を思い、一緒に氷見を体感しています。何でも気軽に、ご相談してください♬
 

まちのタマル場は、居場所づくりの第一歩

 

最初に申し上げますが、長文です。

 

土曜の午後、まちのタマル場に遊びに来てくださったNさんのお話が、とても興味深くて、つい長い時間、話し込んでしまいました。気が付いたら、もう外は真っ暗。
実はこの話、取り方によっては、氷見のマイナスイメージにつながるかもしれません。でも、これから氷見に移住される方にも知って頂きたいことです。

 

Nさんが県外から氷見にお嫁に来られたとき、大自然の海で子供を遊ばせながら育てようと思ったそうです。でも、海が危険であることは間違いありません。そこで、子供たちに「波がこれくらいになったら、危ないからちゃんと浜辺に戻って来るのよ!」ということがわかるように、わざわざ手づくりの絵本を作ったそうです。(その絵本、見たい!とNさんにお願いしました^^)そのお陰で、Nさんの子供が幼少の頃は、随分と海に親しんだそうです。

 

ところが、Nさんの子供が小学校に入学して、大きな変化がありました。それは「海は危ないから、子供だけで遊んではいけない」という学校の方針です。Nさんは、氷見に来て思い描いた子育てが出来ないと、大変悲しんだそうです。それ以上に、こういったことが、子供の自立的な成長を妨げることになるのではないかと危惧したそうです。学校も、子供たちの安全を第一に考えた末の決断だったと思います。親が全責任を負うという条件でも、その方針は変わらなかったそうです。

 

私は、瀬戸内の因島で生まれましたが、毎年、夏休み明けの二学期が始まる全校朝礼で、夏休みに海で亡くなった児童の名前を読み上げていたことを思い出しました。子供の頃、もっとも死を身近に感じる出来事が、同じ学校の子供が、海で亡くなることでした。クラスの中でも、わりと泳ぎが上手な子であっても、溺れそうな経験の一度や二度はしたものです。泳ぎがヘタクソな私は、それ以上の危ない経験をしました。でも、そういったことを通じて、海が危ないことや、人は簡単で死んでしまうことを学びました。当時の学校は、子供たちだけで海で遊ぶことを禁止していませんでした。

 

時代が違う、と言ってしまえば、元も子もないのですが、人は人に育ててもらうよりも、海や山の大自然に育ててもらう影響のほうが大きいと思います。「せっかく海があるのに、氷見市民は海から遠い生活をしている」というNさんの言葉は、とても心に残りました。

 

 

話は別の話題へ飛びます。長くなるので詳細は割愛しますが、気の合う人見つけて、心地よいコミュニティをつくるのは大変だという話です。そこへ、タマル場によく来てくださるYさんが、すーっと自然に話の輪に入ってきて、ひとこと。「氷見って、気が合う仲間を探すのが、大変ですよね」と。なんだか、いい感じです。これぞ、タマル場が目指した場の雰囲気です^^

 

Yさんは、氷見出身の若者です。Uターンしてきましたが、オタク系の話ができる人を探すのが大変とのこと。ちなみに、みらいエンジンの吉川くんは、多分、話が合うような気がしますが…。

 

その話に同調して、Nさんもこの話で盛り上がります。都会と田舎の大きな差は、ここにあるのかもね、と。例えば、私が長い時間を過ごした東京の新橋では、狭いカウンターで他人と肩を寄せ合いながら飲むような居酒屋で、たまたま隣に座った見知らぬおじちゃんと仲良くなり、世代を越えて、色々な人の人生模様を垣間見ることができたものです。そこから、多くのことを学び、自分の生き方にも大きな影響を受けました。

 

私は、地方にも都会的な場があっていい、と思うのですが、その多くはコミュニティの形成という視点です。都会の生活に馴染みのある方が、地方に移住してみて、窮屈な思いをするのは、まさに新橋の飲み屋的なコミュニティがないからではないかと、思うのです。近所の人には相談できないことを、遠くの他人に聞いてもらいたい、という気持ちですね。そういった場をつくることから、まちづくりを考えることが大事だと思います。

 

タマル場には、特別な思いがあります。20年、まちづくりのことをやってきた集大成が「居場所づくり」なのですが、よく言われる「サードプレイス」に似た意味合いかもしれません。仕事での顔と、家庭や緊密な関係での顔、それに加えて必要なのは、自由選択による属性の顔です。人は、もっとも自分らしいと思える属性を持っていると思うのですが、それを理解できる人は、なかなか周りにはいません。現代は、SNSのコミュニティという便利な飛び道具が、その代替を担っていますが、やはり、身近な場所にも、そういった場が必要なのではないでしょうか。タマル場が、その一翼を担えばいいなと思うのです。本当は「居酒屋タマル場」のほうが良いのかもしれませんが^^

 

最後まで、お付き合い頂き、ありがとうございました。

オーガニックな里山づくり、土づくりから考える農業

 

氷見は、知る人ぞ知る、有機の里づくりのメッカなのです。

 

有機農法という捉え方には、色々と幅があります。お米や野菜をつくる方の考え方や技術レベルによっても違いますし、絶対的な基準もありません。
環境負荷が少なく、カラダにも優しい、自然循環に配慮した、オーガニックな思想のこと全般と捉えて良いのではないかと思います。
ただ、農産物や農産加工品として流通するときには「有機JAS」という規格により認定されています。

 

こちらは、自然栽培でサツマイモを育てている農家さんの畑です。昨年から今年にかけて、こういった現場で、風と土のことについての研修会を行いました。
自然栽培は、農薬を使わないのはもちろんのこと、肥料は、有機肥料さえも使わず、土の力だけで育てる農法です。ここの農家さんは、野菜などを育てるときに盛り土する「畝」というものを、普通よりも高くつくり、水はけと空気の通りをよくする工夫をしています。この考えかたについて、この日は、山梨から来た講師の矢野先生に理論と実践についてレクチャーしてもらいました。

 

 

ポイントは水はけ!とのこと。雨が降って、畑に水たまりができているようでは、健康な作物は育たない。だから、水が地表から逃げていくための縦穴や溝を掘る、というのが先生の基本的な発想です。水はけの違う場所では、作物の出来も違う、ということを比較している写真です。

 

「森は海の恋人」という言葉をご存知でしょうか?
これは、豊かな海を育むためには、海の栄養となる森が豊かでなければならないという考え方を表現した有名な言葉です。似たような発想を、この講習で教わりましたが、矢野先生は、海水と山の地表に伝う水は、毛細血管のような水脈でつながっているという話をされていました。そして、ちょうどストローに例えて、一方の口が詰まっていれば、どんなに水を流し込んでも先へは流れていかない、という話をしてくださいました。

 

そうです、畑に穴をあけて、水はけを良くするという発想は、そこからきているのですね。とても勉強になる講習会でした。

 

 

講習をしている最中、ふと、道路の向こうにある、こんもりとした山が目につきました。山は、人間の手を借りなくても、自然の力で草木を元気に茂らせている。これって、どういう理屈なの?という言葉が頭をよぎりました。山の桜、山の木の実、山のぶどう、どれも農薬や肥料を必要としていません。なぜ、人間は、必死になって、畑を耕し、肥料を撒いて、作物を育てないといけないのか・・・。皆さん、どう思われますか?

 

氷見では、こういった奥の深い、自然と農業の話をするコミュニティーが存在しています。ひっそりと、地に足をつけ、着実に有機の里をつくっていこうというグループが活動をしています。平野部ではなく、あえて、こうした里山で農業をやっている人たちがおります。興味のある方がいましたら、ご連絡ください。一緒に里山を回ってみましょう。そして、農家の方の哲学にふれてください。