YouTubeチャンネル「Himigraph(ヒミグラフ)」が始動しました!

皆さん、こんにちは!写真家改め”YouTuber”の北条です。
 
今回の記事では、2020年になって突如始動した取り組み「Himigraph(ヒミグラフ)」について、ご紹介して行きたいと思います。
 

 
【氷見へ移住してからの心情変化】
 
これまでの記事で述べたように、筆者にとっての2019年は激動の日々で、新しい出会いと挑戦の連続でした。特に、氷見へ移り住んでからは、当初予想していた以上の反響やお声がけがあったりと、忙しくも本当に充実した毎日を過ごすことが出来たと実感しています。
 
先月公開の記事でもお世話になっている「考えるパンKOPPE」さんとの出会いもこの街へ移住してきてから。昨年10月、氷見市中央町にある「まちのタマル場」で開催された、「見える化で現状を整理!小さな仕事づくりカフェ」というセミナーに参加し、竹添さんとお話しさせて頂いたのがきっかけ。
 
<関連記事>
見える化で現状を整理!小さな仕事づくりカフェ
 
見える化で1年後の目標に近づく!小さな仕事づくりカフェ
 
そして、出会いが出会いを呼び、フィッシュレザーでお馴染みの野口朋寿さんに誘われて、昨年の年末からは、尾野寛明さん(有限会社エコカレッジ)が講師を務めるUMINO APAMACHI SCHOOLへ参加したりと、氷見と関わる方々との時間が純粋に楽しく、愛おしいと感じる瞬間が増えました。
 

※前回2020年1月24日のUMINO APAMACHI SCHOOLでは、考えるパンKOPPE・竹添あゆみさんがゲストスピーチを行い、教師からパン屋さんになるまでの経緯や、考えることとパンについて、彼女自身が思い描くお店の未来などについてお話しされました。※

 

 
そんな、様々な考え方や価値観を持ち、自身のやりたい事、面白い事をやっている・やろうとしている方々と関わる中で、筆者ももっと氷見の街で面白いことに挑戦したい!と強く願うようになりました。
 
そのひとつが、氷見の「未来」を描いていくヒト・モノ・コトへ、フォーカスするYouTubeチャンネル・「Himigraph(ヒミグラフ)」でした。
 

<動画>【チャンネル誕生前夜】氷見の若手ふたりが本音トーク!
 
【松木佳太という挑戦者】
 
筆者は94年生まれで、氷見で出会う人々は必ずと言って良いほど、人生の先輩で尊敬する方々ばかりです。その中でも、「移り住みたくなる宿 イミグレ」のオーナー・松木佳太さんは同じ20代で年が近い先輩。それでも、彼自身のやりたい事へ邁進していて、言葉足らずも「凄い」と感じさせられる氷見のプレーヤのひとりです。
 
そして、年が明けて2020年。
 
エネルギッシュで行動力があり、たとえ失敗しても立ち上がり、そして何よりも氷見の街を愛している松木さんの「思い描く街の未来」を聞いてみたくて、初めてイミグレへ尋ねてみることにしました。
 

 
これまで、ふたりきりでお話しする機会はあまり無く、今回が初めて。会話の中にもあった、「まずは挑戦してみる!」氷見の表舞台に立って、色々な壁や障害を乗り越えながら突き進む彼の言葉は、重みが全然違うと感じさせられました。
 
彼との会話がきっかけで、動画という新しい領域に挑戦したいという、くすぶった思いに火がつきました。
 
そんな松木さんが、タレント級の活躍をしているのが「Himigraph(ヒミグラフ)」。インタビューや街歩き企画など。バラエティ豊かな動画を展開予定です。
 

<動画>【氷見のまちなかブラリ旅!】干もの家氷見さんでノドグロの開きを頂きます!!
 

<動画>【BEER CAFE ブルーミンSPイベント!】お店のメニュー全部食べてみた!!
 
【地方と動画の未来】
 
去年から、著名人やタレントの参入が相次いだYouTubeを筆頭に、NetflixやAmeba TVなどインターネット動画市場は、ますます盛り上がりを見せています。恐らく、5Gが普及するようになる数年後には、テレビを含む動画コンテンツの市場は大きく変わることが予想されます。それでは、この時代の転換期に、地方で暮らす私たちはどう向き合っていけば良いのでしょうか?
 
筆者の考えとして、今までのようにマスメディアの取材を待つ時代は完全に終わり、”今”、自分達から地方の魅力を発信していかなければ、地方の現状はこれからずっと変わらないということです。2010年代に、インスタグラムなどのSNSで起きた個人の情報発信・収集革命と同じようなことが、今度は動画のプラットフォームで起こるのではないか?と予想しています。そして、動画という情報媒体が消費者へ及ぼす影響は、写真や文章に比べ効果的であり、より臨場感があると皆さんも納得して頂けると思います。
 
例えば、BEER CAFE ブルーミンでクラフトビールを頂くこの企画も、まるで自分たちも一緒に飲んでいるかように感じませんか?噂でよく聞くブルーミンさんも、実際の店内の雰囲気はどうなっているだろう?など、写真や文章だけでは伝わりきれない側面を補ってくれます。
 

<動画>【ほろ酔い】いま話題のブルーミンでクラフトビールを堪能しました!!
 
少し前に、富山県のインスタグラム利用率が全国1位というニュースがあったのはご存知ですか?例えばもし、インスタ検索からYouTube検索がスタンダードになって、富山県内の人々がYouTubeに流れるとなると、、、人々の流れがまた大きく変わると思いませんか?
 

<動画>【BEER CAFE ブルーミンSPイベント!】気ままにカフェトーク with 氷見四人娘!!
 
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開設して1ヶ月も経っていないのに関わらず、本当に多くの方々が出演して頂き、感謝の気持ちでいっぱいです。
 
時間とお金を出来るだけかけずに、完璧でなくても取り敢えず始めたら何かが変わるかもしれないと思い見切り発車した為、まだまだ未完全な動画になっています。それでも、映像に映っている方々はどなたも輝いていて、また制作側の「楽しさ」がライブ感となって、飾らない氷見の魅力が伝わっているのではないかと思います。
 
最後に、動画の企画を考えていると、この街は面白いコンテンツが本当にあると改めて感じます。体験型企画、街歩き企画、インタビュー企画や居酒屋企画などなど、出演してくださる方が心から「楽しい!」とか「面白い!」と思えるチャンネルにして行けたらと思います。
 
是非、Himigraphのチャンネル登録と高評価を宜しくお願いします!
 
そして、今後とも”Himigrapher”の北条巧磨を宜しくお願いします!
 

街の変化と共に。<考えるパンKOPPEができるまで>

皆さん、こんにちは!写真家の北条です。2020年もどうぞ宜しくお願いします。
 
個人的に振り返る2019年は、ここでは語りきれない程の沢山の出来事がありました。3月開催の自身初写真展『. Colour-Full .』に始まり 、7月からは氷見市への移住。新しい出会いや暮らし方など、身の回りの全ての環境が大きく変わりました。この街で生きていくことに対する価値観も日々アップデートされることの連続で、2020年はそれらの実体験を織り込んだ新しい取り組みが始められる勇気が湧き始めています。
 
さて、前々回に公開された記事『街中の明日を「考える」。』は、ご覧頂けましたでしょうか?こちらは、氷見市中央町商店街で新しくお店を構えるご家族『考えるパンKOPPE』さんをご紹介させて頂いた記事なのですが、去年執筆した記事の中でも1番反響があり、嬉しいことに「記事を読みました!」と沢山の声を頂きました。
 
2020年の最初の記事は、この物語の続編。パン屋さんの佇まいすらなかった建物の様相から、どのように変化して行くのか?数回の記事に分けて、読者の皆様と一緒に見守って行けたらと思います。
 

 
時は遡ること2019年11月17日。中央町商店街の通りを歩行者天国にして行われる『うみのアパルトマルシェ』の当日、KOPPEさんを取材させて頂きました。
 
『うみのアパルトマルシェ』の歴史は、さらに時を遡ること2017年7月17日、第1回目のイベントが開催されたのが始まり。元々、中央町と北大町を繋ぐ橋『北の橋』が、老朽化による建て替える工事の通行止めに伴い、商店街の通行量が著しく減ってしまうことへの危機感から生まれたアイデアが、”マルシェ”の開催だったのです。
 

 
<関連記事>
 
氷見にマルシェができるまで【第1回】
氷見にマルシェができるまで【第2回】
氷見にマルシェができるまで【第3回】
氷見の新スポットだニンニン 「北の橋」架け替え完了(北陸中日新聞)
 
そして、2019年12月15日。北の橋は、2016年10月からの架け替え工事を経て、無事開通しました。この時系列と経緯を踏まえて、<考えるパンKOPPEができるまで>の名の下、新しい生命の記録写真をお伝えして行きたいと思います。
 

 

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【考えるパンKOPPEの店舗工事状況(2019年11月時点)】
 
ご覧の通り、骨組みと足場の施工段階で、まだまだ店舗の全貌は分からないのですが、配線・配管などの基礎的な部分は、少しずつ完成に近づいている印象を持ちました。
 
店舗デザインの観点で個人的に好きな部分は、『ひみ里山杉』が使用されていること。氷見の街は海と里山の距離が近いということは、ここで何度もお伝えしているのですが、その恩恵を受けた『ひみ里山杉』を、身近に感じられる場所が増えるのはとても嬉しい限りです。『ひみ里山杉』が持つ明るく優しい色合いの店内で、パンの香ばしい香りと杉の乾いた癒しの香りに囲まれながら、ゆったりとした時間を過ごす風景を一度想像してみて下さい。お店の完成がとても楽しみになるのではないでしょうか?
 

 

 

 

 

 

 

 
クラウドファンディングのページにもありますように、当初のオープン予定は2019年11月でした。しかしながら、職人さんの人手不足やスケジュールの関係上、おひとりで作業を進められているとのことで、お店のオープンは2020年春予定へ変更されました。
 
それでも、職人さんの手仕事はどこを見ても丁寧で、細部まで作り手の心意気が通っていると、上の写真からでも伝わってくるのではないでしょうか?
 

 

 

 
今回、(特に地方で)お店を始めるのは、人材不足・物資物流などの様々な問題に直面することを感じました。さらに、KOPPEさんであったり、木造建築などの特殊なリノベーション案件は、職人さんの技術や経験が不可欠とも伺います。対費用面の問題もありますし、これからの地域社会が抱える問題点が見え隠れするようです。
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「街はまるで生き物のように変化し続けている。」
 
北の橋が開通して丸1ヶ月が経ち、そう実感しています。車の流れが再び出来て、閉鎖的に感じられた中央町商店街に、フレッシュな空気が送り込まれました。しかしながら、街を歩く人々の流れは出来たのか?『うみのアパルトマルシェ』の時のように、人と人が立ち止まって会話する光景が見られるようになったのか?と問われると、その答えは難しいところです。
 
2020年、『うみのアパルトマルシェ』と過ごした月日からバトンを受け取り、『考えるパンKOPPE』と一緒に歩む新しい時代の扉が開かれる予感がします。KOPPEさんを皮切りに、また新しい風が吹くかもしれません。
 

 
街の変化と共に。

二足の草鞋は季節を尊ぶ。

先日とは言っても早1ヶ月前くらいのこと、氷見市地域おこし協力隊でありフィッシュレザー製品ブランド「tototo」のクラウドファンディングに成功された野口朋寿さんと、美味しいお酒をご一緒させて頂く機会があり、記事を書くことについてのお互いの思いを交換しました。
 

 
「記事の中に季節感が無いと、どうしても味気ないものになってしまう。」
 
魚や釣りに関する記事が多い野口さん。例えば、季節の旬な魚釣りを紹介したいと思っても、近頃のご多忙で文章をまとめる時間が無いまま、旬は過ぎ去ってしまうとか。写真も似たような題材で、今回掲載する写真は、1ヶ月半以上前に撮影した初秋の写真たち。この撮影以降の1ヶ月半は、多忙に次ぐ多忙。空き時間に少しずつ執筆作業はしていたものも、全体をひとつの記事としてまとめる時間は有りませんでした。
 
この1ヶ月半の間、どうして多忙だったのかは、またいつかの機会にご紹介するとして。今回は、ジェットコースターな日々が始まる前のお話。2019年の暦上、最後の3連休の1日、氷見の初秋を巡るプチ旅の様子とエッセイをお伝えして行きます。
 

 
前日の残業が響き、少し遅めの時間から始まった休日の朝。電動ミルで砕いた珈琲豆をハンドドリップで注ぐと、部屋の中は浅煎り豆の香りがふわっと広がり、遮光カーテンの隙間からは秋晴れの透き通った青空が垣間見えました。海側から昇るあの美しい朝焼けを、今日も見逃してしまった一抹の後悔はあるけれど、山側に沈む朗らかな夕陽を拝めることが出来たらと期待を抱くのでした。
 
朝食を終え、洗濯機を回し、掃除機と周り、シワが残る衣服が太陽の下で踊る頃には、時計の針は一筋に重なり合います。
 
ひとり暮らしの会社員は、生きているだけで忙しい。休日の半分は家事の時間で潰れてしまうから、やるせない気持ちになることは何度もあります。また、ひとり暮らしを始めてから1年半以上の間、”弁当”というものを毎日休まず作り続け、会社へ持って行っていることも、誰かに褒めて欲しいけれど誰にも褒められない切ない事実です。
 
たまには自分へのご褒美に、氷見食材を使った美味しいランチを外食しても、誰からも文句は言われないでしょう。氷見へ移り住んで以来、行きたくて行けなかったイタリアンのお店へ車を走らせることにします。
 

 
氷見産の、旬で新鮮なお野菜をイタリアン料理で頂けるお店「イタリアンキッチンオリーブ」さん。早速、オーガニック野菜の前菜料理から味わっていきます。
 

 
野菜本来が持つ旨味を、調理方法や食材の組み合わせで表現した一皿。食感や味覚から秋を感じながらひとつひとつ、食材の表情を楽しみます。
 

 

 
メインメニューは、「白エビとブロッコリーのパスタ」。氷見らしく、魚介食材とのコラボレーションが味わえるのも、この街のイタリアンならでは。ブロッコリーと白海老、野菜と魚介がそれぞれ持つ苦味と甘みが絶妙に交わり且つ、赤唐辛子がアクセントのシンプルな味付けで、この上ない幸福感を味わえる一品でした。Bouno!
 

 
ランチの終わりには、氷見産リンゴのコンフォートにバニラアイスを添えたデザート。甘さを抑えたコンフォートは、これまで頂いた食材のフィナーレにふさわしい美味しさでした。
 

 
季節ごとに変わるオリーブさんのメニュー。ウェブサイトからは、今の季節に提供されている料理を見ることが出来るので是非ご覧下さい。
 
【イタリアンキッチンオリーブ】への地図はこちら。
 

 
海と里山の距離が近いのも、氷見が持つ魅力のひとつ。オリーブさんから車を走らせること約15分。秋色に色づき始めた山道を進むと、手書きで”ソライロ”と書かれた大きな看板が見えてきました。もうひとつの行けていなかった場所は【Bed&Kitchen SORAIRO】さんです。
 

 

 
ここで堪能する秋のスイーツはこちら。
 

 
チーズタルトに添えてあるサツマイモチップは、ソライロさんのある速川地区の特産品であるサツマイモをチップスとして開発したもの。イタリアンとはまた異なる、日本に根付く風土や文化が宿った、真っ直ぐで優しい甘みを堪能しました。
 
【関連記事】
 
氷見の暮らしが体験できる!「Bed&Kitchen SORAIRO」①
 
氷見の暮らしが体験できる!「Bed&Kitchen SORAIRO」②
 
かつて氷見市地域まちおこし協力隊として、現在はお店のオーナーとして速川地区の発展に貢献されている澤田さんと、氷見のことについて少しばかりお話させて頂きました。考えが一致したのは、「氷見が旅の最終目的地になれば、、、。」ということ。どうしても、隣県へ向かう”ついで”に氷見へ立ち寄るのが旅の定番となっていて、氷見の魅力を体験する前に移動してしまうのがとても寂しいところ。
 
海側と山側の暮らしの良さ、両方をゆっくり味わって欲しいというのが澤田さんの願い。その願いを体現するかのように、1階のカフェ・レストランスペースに加え、2階にはゲストハウススペースが用意されています。これからの季節、朝陽の光でキラキラと輝く一面の銀世界は、是非皆さんにも体験して欲しい風景だとか。お店の詳しい情報は、こちらのfacebookページからご覧頂けます。
 
【Bed&Kitchen SORAIRO】への地図はこちら。
 
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ここからは、秋のドライブを楽しみながら、氷見の山側スポットを巡って行きます。目の前に迫り来る、秋めく景色に視線を移すと、あの日の記憶が蘇って来ます。
 

 
「”忙しい”という言葉は、”心(忄)が亡くなること”を意味する日本語だ。」と教えてくれたのは3年前の冬のある日。普段口数の少ない父親との会話からのひと言で、いまでも鮮明に覚えている苦しい経験から「忙しい」という認識を改めました。
 

 
あまりの忙しさとストレスから、身体も心もぼろぼろになって、燃え尽きた煙草の灰のようになった筆者。ロンドンの街の外れ、いつもは学生たちで賑わう街並みも、クリスマス休暇で皆家族のもとへ帰り、乾いた冷たい風が吹き付けるだけの街に、父親は遥か遠い富山から助けに来てくれました。閑散としたキャンパスを親子ふたりで歩きながら、久しぶりの会話が続きます。
 

 
「もう少し元気になったら、街を歩くことから始めなさい。」当時、自動車工学を専攻していた筆者にとって、デスクトップのCAD※へ1日中向かいあうのが日常で、「街を歩く」ということは、目の疲れを癒すことや心の気分転換をするくらいの行為だと当時は思っていました。
 
※設計・図面作成や解析用ソフトのこと。Computer Aided Designの略。
 
ただ、この言葉の真意は、リフレッシュの為では無かったように今現在は思えます。「街を歩く」ことは「季節を尊(たっと)ぶ」ことなのだと。そして、「心が亡くなる」ということは「季節の移り変わりを見失ってしまう」ことだと、社会人になって、そして氷見へ移り住んで改めて実感しています。
 

 
「季節」の感じ方は、人それぞれだと思うけれど、地元産の旬な食材を頂いたり、路端に咲く花木を愛でたり、刻一刻と変わりゆく天気や自然の表情を切り撮ったり、忙しなく過ぎ去る時間軸のなかで「季節の移り変わり」と向き合える瞬間がすぐ身近にある氷見の良さ。
 
今の時期であれば、枯れ葉が道端にたまり、椿の花が咲き始め、寒ブリを取り扱うお店には開店前から列を成している。そんな些細な気づきが、季節の大河に身を戻してくれるのです。3年前のあの時以上の忙しさを経験している今、過ぎ去る季節になんとかしがみ付いていられるのは、自然に富む富山県は氷見とこの街に住む人々のお陰だったと感謝しています。
 
「季節を尊ぶ」という、日々の暮らしの中ですぐに見えなくなってしまう感覚を、これからも大切に持っていたいと思います。
 

 

 

 

 
帰路の車窓からは、暖色に染まる広大な夕空が映し出されていました。地名も分からぬ田圃道の脇に車を停め、ほんの少しだけ歩くことにします。
 
すると、竹の木を肩に担ぎ歩くおじいちゃんが、反対方向からゆっくりと向かって来て、すれ違い様に「お疲れ様〜」と優しく声をかけてくれた。それが、なぜだかとても嬉しくて。短い挨拶の中に、思いやりの心が詰まっているような気がしました。
 
「沈む行く夕陽と竹の木を担ぎ歩くおじいちゃん」
 
情緒溢れる秋のワンシーンになるのでは?と踵を返しカメラを構えると、おじいちゃんは立ち止まり夕焼けを眺めていた。
 

 
「季節を尊ぶ人」はここにもいたのです。
 
年末へ向けて、さらに忙しい日々はここから始まる。不安と期待が入り混じる心持ちでも、なんとか乗り越えられそうな勇気をもらえました。
 

街中の明日を「考える」。

氷見市へ移り住み、すでに3ヶ月以上もの月日が経ちました。
 
住まいの拠点を移すことは新しい出会いの連続で、移り住む前と後では、物事に対する考え方や価値観も変わってきたように思えます。同時に、氷見で暮らす人々と対話をすることで、この街が抱える課題も少しずつ見えてきました。
 

 
「街中に活気が無いよね。」
 
「若い人の行き来が少ない。」
 
「シャッターがいつも下りた街並みは、すごく寂しいです。」
 
氷見が抱える代表的な課題のひとつが、この「街中問題」ではないでしょうか?上の写真にある、1970年前後に建設された中央町商店街共同ビルの景観は、”防災ビル”としての機能を果たしており、駅から徒歩圏内である利便性も相まって、現在では想像出来ない賑わいを昔は見せていたようです。
 
過去に公開された記事でも紹介されているように、氷見市中央町の共同ビルは、基本的に3階建て(又は4階建て)構造となっており、店舗兼住居として使われていました。しかしながら、高齢化の進行と同じく建物の老朽化により人々は住まいを移し、今現在のシャッターで閉ざされた街並みを残すこととなってしまいました。
 
【参考記事】
 
商店街レトロビルの元洋食屋さんではじめる小商いのある暮らし
 
防災建築街区再生支援制度の研究-富山県氷見市中央町を例として-
 
それでもなお、街の中心に位置する中央町商店街共同ビルは、見逃すことが出来ない”街の財産”であり、工夫次第では、再び人々が集う空間を創造できる可能性が残っているのです。幸なことに、自分の好きなことや得意なことで、氷見の街中をより良くしたいと考えている人々が沢山おられることを、移り住んで改めて実感しました。
 
今回ご紹介する「考えるパンKOPPE」さん(以下敬称略)も同じく、街中への思い入れを抱くご夫婦。かつて中央町商店街にあったお店を引き継ぎ、改築へ経て自身のお店をオープンさせます。
 

 
【参考記事】
 
「考えるパンKOPPE」って何?空き店舗をリノベしてつくりたいお店があります!
 
「考えるパン KOPPE」の心のこもったパンと「からしま蚤の市」
 
考えるパンKOPPEができるまで
 

 
考えるパンKOPPE」との出会いも、氷見へ移り住んでから。この街に対する思いや子育てをしながらお店を続けることへの思いなどをお話しする中で、是非お店が生まれ変わる様子を写真で残しておきたいと思い、取材のお願いをしたところ快く承諾して頂きました。
 

 

 
以前は、酒屋さんだった建物がパン屋さんに生まれ変わる。古き良き街のたまり場が、老若男女の人々が集う新しい空間へ。その過程を想像するだけでも、わくわく心が踊るのは筆者だけしょうか?
 

 

 
1階部分は電気もない為に薄暗く、夏の湿っぽい空気が依然として取り残されたような空間でした。蜘蛛の巣が張り巡らされた路を進むと、裏庭へ続く開けた空間へ。ご覧の通り、木材の状態も悪くなく、建物全体が老朽化していると予想していただけに裏腹な印象を持ちました。
 

 

 

 

 
階段足場のタイルは所々剥がれ、比較的整った部分を探りながら2階・3階へ上がると、そこには当時の生活の面影が残されていました。
 
使われていた家具や置物など、かつて住まわれたご家族の人となりが垣間見え、昭和から平成へと時代を生きた暮らしの情景が、私たちの脳裏に浮かぶようです。
 

 
それでもやはり、人の暮らしがない建物は見た目以上に老朽化が進むもので、特に配管などの生活に欠かせない部分の問題は、この物件も例外ではありませんでした。
 

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建物の外観から屋上へと撮影を進める間、曇天な空模様も、屋上へ顔出す頃には、雲々の流れが分かる程の天候へ回復していました。ここから眺める海側の景色は、まさに氷見の豊かな暮らしを象徴するそれで、純粋に羨しくなるほどの清々しい潮風が吹いていたのを記憶しています。
 

 

 
見下ろした街並みの様相も、普段では出会わない新鮮な光景たち。数年後・数十年後、行き交う人々が増えるたび、ここで新たな物語が生まれることを願います。
 
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昨夜まで降り続いた雨は、屋上に水溜りを作っていて、その青い雨水を避けた片隅から、最後に、ある家族の写真を残しました。
 

 
ファインダーを覗きながらふと浮かんだのは、子どもたちの笑顔は「街の希望」そのものであるのだと。当たり前のことかもしれませんが、大切なことに気付かされたように思います。今の時代、辛い出来事や心を傷める情報の方が多いかもしれないけれど、子どもたちの笑顔に何気なく救われた瞬間を、皆さんも経験されたことがあるのではないでしょうか?
 
笑顔が溢れる街は、希望に満ちている。
 
街に関わる人々が、子どもたちの明日を見守る。そんな温かい雰囲気が根付く街中があったなら。
 

 
先人からのバトンを受け取り、これから生まれ変わろうとしている「考えるパンKOPPE」。彼らのお店が産声をあげる日は、街中の新たな暮らし方が始まる第一歩かもしれません。
 
時代を繋いできた街の歴史で、まだまだ”ひよっこ”な家族の物語。この街の「希望」を、皆さんの温かい心で見守って頂けたらと思います。
 

 
閑散とした街中の、シャッターに閉ざされた壁の内側に足を踏み入れると、そこには「希望」が残されていました。先人たちの思いを受け継いで、今を生きる私たちに何が出来るのか?どう生かしていくのか?常に問われているように思います。
 
次の世代と明日へ向かって、私たちは「考える」ことを止めません。

過去と未来が交差する街で。

この街が持つ魅力のひとつとして、氷見を訪れたことある人が、「また氷見へ行きたい。」と思ってくれることではないでしょうか?
 
それが何故か?問われると、この曖昧な魅力はあまりにも言語化するのに難しく。それでも、”外”から訪れた人々の琴線に触れる「何か」が、氷見で暮らす私たちの生活の中に隠れているように感じます。
 

 
暦も9月に入った最初の週末。台風の影響でしょうか、この日の氷見は30℃以上を記録し、真夏の暑さが舞い戻って来ました。そんなある日のこと、今年の冬、ふるさとワーキングホリデースタッフとして活躍した三戸さんが、再び氷見へ遊びに来てくれました。
 
今回の記事では、彼女自身も写真が撮るのが好きとのことで、氷見の”撮影スポット”を一緒に巡った様子をお伝えして行きたいと思います。
 

 
九殿浜展望台
 
市内から車で約20分。海岸線をドライブしながら七尾方面へ向かうと辿り着くのが、「九殿浜展望台」。ここからの景色は、氷見の地形ならではの”特権”があるのです。
 

 

 
立山連峰の真正面に位置するこの場所は、氷見市内でも屈指の”絶景ポイント”ではないでしょうか?
 
富山県・上市町出身の筆者にとって、”海越しの立山連峰”はとても新鮮で、実家から見ていた山並みは、手が届くような距離に佇む身近な存在でした。ただ氷見へ来て、この場所を知り訪れると「本当に遠くへ来たのだなあ」と感慨深くなります。
 
下の写真は、実家の側から手持ち撮影した時のもの。秋から冬へと季節が変わる頃、紅葉と雪化粧な剣岳との共演です。
 

 
ちなみに、今年の春先に訪れた時の光景がこちら。真白な立山連峰を富山湾越しで拝めることが出来るのは、氷見で暮らす人々にとってご褒美のような景色です。
 

 
さらに、お花見やピクニックにも是非おすすめしたいスポット。例えば、市内のパン屋さんで出来立てのパンやサンドイッチを買って、穏やかな海を眺めながらランチタイムなんてことも素敵ですよね。
 

 

 

 
余談ですが、過去記事:移り住むこと。のサムネイルに使用したこの写真は、九殿浜展望台から海側へ歩いて下りた時に出会った風景です。海があり里山があって、自然の中に私たちの生活がある。そんな情景が浮かぶように撮り下ろしました。
 

 
阿尾城址
 

 

 
九殿浜から市内へ戻る道中に立ち寄ったのが「阿尾城址」。
 
関連記事:氷見にかつて存在した阿尾城
 
本丸へと向かう一本道以外は、四方海に囲まれた自然の要塞。伝えられたところによると、廃城に至るまで一度も攻め落とされたことが無く、まさに地の利を活かした山城と言えるでしょう。また、越中と能登を繋ぐ交通の要所として、氷見・阿尾城が重要な役割を担ったのは想像に難くありません。
 
戦国の乱世、佐々成政と前田利家・利益(慶次郎)などの名だたる武将が、この地の覇権を争った背景を知ると、400年以上の月日が経ち今や神社のみとなった城址も、一度訪れてみる価値はありそうです。
 

 
山側から眺める氷見の街並みも好きですが、海側から眺める光景もそれ以上に親しみを感じます。太陽の日差しが穏やかな波に反射し、きらきらと光る風景は、透き通る青空の下、私たちの街の様相を輝かせてくれるようです。
 
様々な角度から街を眺めてみる。写真を撮る人にとっても、街で暮らして生きる人々にとっても、大切なポイントのひとつではないでしょうか?
 

 

 

 
確かに、「映え」な光景や「エモい」情景はこの街には無いかもしれません。それでも、日々の暮らしと真摯に向き合い、人々との出会いを大切にし、今私たちが目撃している”現在”に至るまでの歴史や経緯を顧みると、平凡な日常にも新しい視野が広がる気がします。
 
氷見の自然は、そんな私たちに「明日を生きる勇気」をもたらす情景を与えてくるのです。
 

 
ひと言で氷見の街をどう表現しますか?と聞かれると、筆者は迷わずこう答えるでしょう。
 
「過去と未来が交差する街」
 
街の歴史や背景に触れた人々が、過去に宿る記憶や想いを受け継いで、未来を創造する。実際に、氷見で暮らす人々と関わると、そんな想いや願いを抱いている方々が沢山おられることに気づかされます。彼らは、全く新しい事を起こすのではなく、既にあるモノやコトを現代に寄り添うような形でリノベーションしている。人一倍もがきながら、より良い明日に向かって、今を生きているのです。
 

 
この記事の冒頭で触れた、「また氷見を訪れたい。」と思う所以は、氷見で頑張る人々の心意気が、確実に届いているからではないでしょうか?
 
今日も沢山の人々が氷見を訪れて、彼らの住む街へ帰路に就く。その限られた時間の中で、「また氷見へ行きたい。」と思って頂ける瞬間に出会えることを心から願っています。
 

 
楽しかった時間は過ぎて、別れ際「また氷見に帰って来ます!」と言ってくれた三戸さん。氷見で過ごした時間や記憶を抱いて、これからも逞しく生きて欲しいと願っています。
 
この街と関わりをもつ仲間が、またひとり増えた。それだけでも「幸せ」な出来事だと思いませんか?

【夏の情景:みなとがわのみのいち】

あの暑かった日々も嘘のようで、雨音や鈴虫の歌声を聴きながら今回の原稿を執筆しています。
 
秋の気配も感じられる葉月の頃、皆さんはいかがお過ごしでしょうか?写真家の北条です。
 
今回の記事では、既に遠く昔の記憶のように感じられる令和元年8月11日、氷見市は朝日本町にある歴史的建物(みなとがわ倉庫)で行われたイベント「みなとがわのみのいち」の模様をお伝えして行きます。
 

 

 

 

 
7つの初出店を含む、全22店舗が出店した今回の蚤の市。こだわりのアクセサリーや雑貨を求め、イベント開始直後から長蛇の列が出来ていました。
 

 

 
小さなお子さんをお連れした方々も多く見受けられ、夏空の下、暑さ和らぐかき氷やドリンクを頂いたりと、皆さん思い思いの夏を味わっておられました。
 

 
また今回は、みなとがわ倉庫に流れる独特の雰囲気やイベントに参加された人々の様子を、より鮮明にお伝えしたいという思いから、事前に撮影許可を取って撮影を行っております。
 
この記事をご覧になって、「みなとがわのみのいち」の出店に興味を持って下さったり、ひと味違う氷見の魅力を知って頂いたのなら幸いです。
 

 
こちらは、以前FWHスタッフだった三戸さんの記事でも登場し、氷見市商店街に自身のお店をオープンする(今年11月予定)「考えるパンKOPPE」さん。当日は、ブルーベリーを沢山含んだ「フルーツマフィン」を頂きました。
 
関連記事:「考えるパン koppe」の心のこもったパンと「からしま蚤の市」

 
「今日のベーグルパンは、焼きすぎて(当日の高温による衛生面の関係で)美味しくないです、、。」と話して下さり、素直で優しい性格の方なんだなと感じました。現在は開店準備の為、クラウドファンディングも行っており、専用ページからは、お店を開こうと思ったきっかけや氷見に対する竹添さんの思いが綴られています。
 
少しずつ新しいお店も増えてきた氷見の街中ですが、依然としてひと昔の賑わいを取り戻せていないのが現状だと思います。そんな中、「考えるパンKOPPE」さんのようにお店を構える方が増えることは嬉しい限りです。
 

 
その他、お馴染みのブルーミンさんや、今回初出店となった氷見市在住のガラス造形作家:渡邊彰子さんの素敵な作品など、私ひとりでは紹介しきれない程の「良い物」が、みなとがわ倉庫に集まっていました。
 

 

 

 
【夏の情景:みなとがわのみのいち】
 
透き通る青空と真白な雲が、氷見の夏を演出した1日。
 

 
毎年のように、「今年の夏はもっと楽しめたはず、、。」と心残りがあるけれど、氷見の人々や素敵なモノに出会えた’19年の夏は、心に書き留めておきたい情景の数々でした。
 

 
柔らかな光に心が安らぎ、また訪れたいと思える空間が「みなとがわのみのいち」。素敵なモノが集まる不思議な建物へ、あなたも訪れてみてはいかがでしょうか?

移り住むこと。

私が「みらいエンジン」と出会ったのは、昨年11月の頃だったと記憶しています。
 

 
夏から少しずつ企画していたグループ展の計画が頓挫し、物事が上手く行かないことに対する苛立ちやストレスを抱えていた秋の終わりの出来事でした。
 
それでも、「”氷見”の街中で写真展をー」の夢を諦めることは出来ず、2019年春先の個展開催に向けて、再始動する覚悟を決めたのでした。しかしながら、個展開催を意味するのは、会場決め・予算運営や告知活動等々、全ての事をひとりで取り纏める必要があるということです。自分の頭で描いているプランは、果たして本当に実現することが出来るのだろうか?
 
人生で初めての個展。期待と不安の両方が膨らむ私は、ある種の助けを求めるかのように、氷見の街中に佇む町家(みらいエンジン・旧まちのタマル場)を訪れることにしました。
 

 
みらいエンジンとの出会いから4ヶ月後、今年3月にビアカフェ・ブルーミンでの写真展開催を無事成功。そして今年7月からは、氷見との更なる関わりを求めて、住まいを移すことを決断しました。
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皆さん初めまして、ひみ暮らしサポーターズで写真家の北条です。
 
今回の記事では、写真展. Colour – Full .のその後に触れつつ、氷見市に移住してきて感じたことをお伝えして行きたいと思います。
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写真展に関する記事は、以下のリンクからご覧頂けます。
 
【春の訪れを酒場で楽しむ写真展. Colour – Full .】
 
【日本初の写真展. Colour – Full .を終えて。】
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<写真展のその後>
 
個展後に訪れる氷見の街は、どこか安心感を感じられる、心地良い場所になったような感覚がしました。
 

 
この時期に撮影された写真たちは、個展のプレッシャーから解放され、撮影テーマも特になく、自分の感性が動いた場面や風景を切り取っています。
 

 

 

 
少し技術的な事をお伝えすると、写真展の全作品(冒頭の2枚の過去写真も含む)は、35mm(判換算53mm相当)の単焦点レンズを使用して撮影しました。個展後は、表現の幅を広げる為にも、新しいレンズや機材を導入して、新たな表現方法を模索しているところです。
 
模索しているが故に、悩みや葛藤を抱えることもあり、自分が表現したいものに対し満足することが出来ない時間もありました。特に氷見に移り住む前の1ヶ月間は、カメラにすら触らない期間があったりして、「写真」に対して嫌悪感を抱くことさえありました。
 

 
いざ氷見に移り住んでみると、カメラを持って出かける機会が自然と多くなってきて、写真を撮ることの楽しさが蘇ってきている感覚がします。これからも、氷見の暮らしに寄り添いながら、何気ない風景を切り撮って行けたらと思います。
 

 

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<海街に移り住んで>
 
氷見に移り住んで迎えた初めての週末は、氷見漁港の朝セリ見学へ行きました。
 

 
– ”いのちを頂く”を体感する1日。 –
 
その日の夕方、家の近くにあるスーパーの魚売り場を覗いてみると、”氷見産朝とれ”のシールが付いた魚たちが売られていました。その中から、”あかいか”を購入!
 
人生初、1時間かけて捌いたイカに、炒めたガーリックとしめじを和えたパスタは、見た目以上の美味しさを味わうことが出来ました。
 

 
この小さな街でさえ、朝に揚がった氷見産の魚たちが、私たちの食卓へ彩られるまでには、氷見に住む沢山の人々の手作業が関わったいることに改めて気付かされます。
 

 

 

 
当たり前のことを言っているのじゃないかと思われる方もいるかもしれませんが、そんな些細なことでも、喜びや幸せを感じながら暮らすことが出来るのは、とても素敵なことだと思いませんか?
 
日々生きることにさえ息苦しさを感じる今の社会で、自然と暮らすことで味わう小さな幸せが、氷見に住む私たちの身近に存在している。そう実感した、休日のある日の出来事でした。
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月日が過ぎるのは早いもので、氷見に移住してからもうひと月が経とうとしていますが、改めて感じることは「移り住むこと=ゴール」ではないということです。
 

 
街で暮らす人々と交流したり、地域で育った食材を頂くことだったり、移り住んだその先には、些細なことでも心が豊かになる出来事が沢山待っています。
 
毎日の生活や時間に追われていた私は、氷見との時間を共にすることで、その事に気付かされました。そして、この記事を読んで下さっている方にも是非、五感で感じ取って欲しいと願っています。
 

 
富山県の片隅、能登半島の入り口に、私たちの街・氷見があります。この自然豊かな街で、あなたの訪れを心からお待ちしています。
 
私は私なりに氷見生活を満喫して、移り住んだその先の暮らしがイメージできるような写真や文章を、皆さんへお届けして行けたらと思っています。
 
それでは、これからも宜しくお願いします!