対話する時間を <考えるパンKOPPEができるまで> 最終回(後編)

皆さん、こんにちは。写真家の北条です。
 
前回同様、お送りするのは、<考えるパンKOPPEができるまで>の最終回・後編。考えるパンKOPPE・竹添あゆみさんとの対談をお届けしていきます。
※前編はこちら
 

 
<過去の記事>
 
街中の明日を「考える」。
 
街の変化と共に。
 
蕾がひらく頃
 
対話する時間を(前編)
 

 
今回の企画では、考えるパンKOPPE店舗の2階、竹添さん夫婦のご自宅にお邪魔して対談させて頂きました。窓から差し込む昼下がりの光を受け、白を基調とした室内が優しい色合いに染まる朗らかな雰囲気のなか、約1時間にわたる対話を楽しみました。
 

 

 

 
またこちらでは、設計を担当された建築家・能作文徳さんと、能作さんが勤められている大学の学生さんと一緒に、珪藻土塗りを行ったのも思い出のひとつです。
 

 

 

 

 
後編では、氷見での暮らしのことや、教育・戦争・文化のことについて対話していきます。それでは、最後までお楽しみ下さい。
 

(※対談日:2020年4月12日※)
 
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<氷見での暮らしと県内の良さのこと>
 
※前編のつづき※
 
写真家・北条巧磨(以下、北条) あゆみさんは、氷見へ移住されていますよね?どうですか?外側から見て氷見は。少し話は変わりますけど。
 
考えるパンKOPPE・竹添あゆみ(以下、竹添) 私は、昔氷見で働いた時にいいなと思っていたので住みました。JAのガソリンスタンドが、朝日山の麓にあるじゃないですか?そこに『地産地消で元気なひみ』って大きな看板があるんですよ。あれは良いなーと思っていました(笑)。
 
北条 なるほど!
 
竹添 その時、「氷見って地産地消出来るんだ!氷見ってすごいな」と思ったのを覚えていて、かれこれ10年前くらいなんですけど。いまも立っていますよね。こんな時だからこそ、地産地消が出来るって稀有だし、豊かで良いよねって。観光とかをあまり意識したことがないんです。住んでいる人たちが、そこでできたものを食べたり、採れたものを食べたりして、というのが循環しているのだったら、こんなに良いところはないなと思いました。
 
北条 地産地消・・・なるほどですね。氷見って、お魚のイメージが強くて。寒鰤だったり。でも楽しいことって、もっと沢山あるじゃないですか?街中にしても里山にせよ海にせよ。それをもっとこう、自分はしっかり伝えたいです。暮らしの楽しさを。 
 
竹添 具体的に誰に伝えたいですか?
 
北条 自分は、富山県内の人に対して伝えたいのですよね。県外の人へももちろんなんですけど。日本には沢山あるじゃないですか?47都道府県の良いところや魅力が沢山。だからまあ、氷見じゃなくて、他のところでも良いと思うのです。富山県内の人って、旅行へだったり、進学・就職とかで県外へ行っちゃったりしますよね。だからこそ、県内の良さをもっと知って欲しいと思います。「何もない。」という考えから、観光地や都会へ行っちゃって・・・。それって、すごくもったいないなあと自分は感じています。
 
竹添 富山県内の人をターゲットにするのなら、説明は必要かもしれないですね。それは思います。海外とかに向けてだったら、むしろ説明が無い方が伝わるかもしれないですけどね。
 
北条 大型ショッピングセンターも良いですけど・・・ってなります。
 
竹添 なんかこう、身近な生活のなかに、山があったり海があったり原っぱがあったりするっていうのは、いろんな日本各地にあるかもしれないけど、それが自分たちの近くにあるっていうのが大事なことだから。身近に手が届くところに。でもまあ、外の情報を見ていいなーとか思っちゃうのも分からなくはないですけど(笑)。
 
北条 まあ自分も一回、進学で県外へ出ているというのもあるので。出たからこそ分かる富山の良さというのも知ったのですけど。氷見市に限らず県内の人が、県内の魅力をもっと知るべきだとは思いますけどね。
 
竹添 自信をもってね!
 
北条 そうなんですよね!自信をもってね!
 
竹添 県出身のスポーツ選手とかすごい人が出た!ということで、自分たちがこう喜ぶっていうのは分かるけど、それだけじゃなくて、この平常の毎日、日常が良いのだということに自信を持って欲しい。
 
北条 そういうことです。そういうことです。
 
北条 例えば富山市内から、井波や福光へ行くとプチ旅行じゃないですか?富山県に居ても、様々な文化が沢山ある。そんなことを楽しめるような雰囲気になるといいな、なって欲しいなと思うのですけどね・・・。
 
竹添 どこかの真似しなくたって、今ここが良いんだよっていうね。
 
北条 そういうのを伝えたいなと。ただ今、コロナの影響で県外にも出られない状況(※対談日:2020年4月12日※)になってきているので、変な話、見つめ直す良いチャンスなのかなと思っていますね。
 
竹添 ソーシャルディスタンスは取りやすい環境にはあるから。そうですよね。見つめ直して、自信を持って。
 

 
<教育と学び続けること>
 
北条 あゆみさんは教育の現場で働かれていたこともあり、働く立場の視点から、日本の教育ってどうなのかな?とお聞きしたいです。高校の先生で、東京で働かれていたのですよね?富山の教育も分かる範囲になると思うのですが。
 
竹添 富山で2年間、常勤講師を2年間やって、その後東京で10年くらい高校です。
 
北条 どうなんですかね?日本の教育って・・・。
 
竹添 学校に限って言えば、悪いとも思わないけど、もっと変化しても良いのになあと思うことはあったかな。でも、それは制度のことと言うよりは、ひとりひとりの先生たちの考え方とか子供に対する姿勢とかそういうので。もっとこうなったら良いなあと思うことが2・3割あったけど、7・8割くらいは皆さん頑張っている。否定的な立場ではないです。
 
北条 自分は教育を語る人ではないですけど。やっぱり、教育ってとても大事だなというのを、最近はすごく思っていますね。日本の教育は、平均的なヒトを作ってしまうというか、右へ倣え的な空気感があってー、というのを感じています。それは良くないなと思いつつ、日本の教育って、本当に大丈夫なのかな?と思ったりしています。
 
竹添 公教育ですからね。明治時代とかで全員が教育を受けられない時は、ぴょんと飛び抜けた人が10歳くらいで大学入ったりとか、そういうこともあったので、まあ良くも悪くも、押し並べてみんなが同じパッケージの教育を受けることができるという意味では、日本は世界的に比較してもすごいなと思います。ただその、副作用もやっぱりどうしても出てしまう。出る杭がない状態に、押し並べられてしまうというのは、確かに面白くないですよね。うんうん。
 
北条 自分は高校に居た時に、大学入試試験の為のドリル式教育だとか、そもそも入試自体が暗記ゲームみたいな感じになっているなというのを思っていて。そしてそれが、すごく面白くなかったというのが本音でした・・・。不満があったのですよね。
 
竹添 確かに昔と違って人口は減っていて、少子化はネガティブなイメージで語られるのが多いですけれども、それだけその子に応じたカリキュラムなり、本を渡すことができるとも考えられます。「この本を読んでみなよ」って渡すことで、その子をひとつ引き上げて、広い世界を見せてあげられる。そんな風にできたら変わるかもしれないですよね。沢山居て、みんなと同じ基準でその子を見る時代はもう終わっちゃったから。だから大学も、AO入試とか、ひとりひとりの興味関心や資質を見る方向にシフトチェンジしている。ただその、「この子にこういうことが語りたい」とか、「その子にこういうことを伝えたい」と思った時に渡せる本を、自分のバックグラウンドに持っているとか、「あの子にはそういう言葉をかけてあげたいな」と思えるように普段から関わっているかとか、そういうものを鍛えていないと、「今だ」というタイミングを逃してしまう。すごく難しいですよね。生徒に対する意識を保たなければいけないというか、勉強し続けなきゃいけないのは教員の方だなあ、と思います。
 
北条 なるほど、教員も勉強し続けなければいけないですか。
 
竹添 そうそう。だから、教員はたぶんこれで完成っていう教員像はなくて、常に勉強ですね。
 
北条 でも教員の方って、すごいですよね。なんだろう、ロールモデル的な正解もないし、ひとりひとりの先生によってタイプも違うし、やることの量も大変ですよね。部活動だとか。
 
竹添 私は、部活動は働いているうちはあんまりやらないで終わっちゃったんですけど。もしやってくれと言われたら、授業と部活動と自分の生活の両立はできないのでちょっと困ったなと・・・。今、働き方改革って言ってますけど、これを機に方向転換してもいいのかなと思います。上から目線なことを言っていますけど、基本的に先生たちはすごく頑張っていて、うん。本当に大変な中、よくやって下さっているので、ありがたい限りです。ただ、同じく勉強をし続ける者として、応援したいな、できれば色々シェアしたいなと思います。勉強し続けないと、本当に堕落しちゃう職業だとも思います。
 
北条 先生の勉強ですね・・・確かに。
 
竹添 ほんとほんと。勉強しないのに、「先生!」「先生!」って言われちゃうのは、ものすごく怖いことだと思うので。
 
北条 素人目線で思うのは、1年間のサイクルのなかで生徒に教えることをやっているので、同じことを繰り返し教えるようになってくるじゃないですか。例えば、1年生から6年生を教えてまた戻ってと。確かに、教員が勉強しないようになってしまいそうです。
 
竹添 忙しすぎてね。ほんとほんと。でもよくやっていらっしゃいますよね、うちの子ひとりでも大変なので、それで30人・40人なるともう大変だなあと思いますね。いつも本当にお疲れ様です。だからこそ、一緒に勉強しましょう。その姿を、どんどん子どもに見せましょう。
 
北条 働き方もそうですけど、学び方も変わっていきそうだなという流れはあるじゃないですか。それこそ、インターネットが普及してから、教育のあり方の変化があったりだとか、絶対学校に行かなくてもよいだとか。今のこの状況下で見えてきましたよね。
 
竹添 不登校な子たちを、今まで奇特な目で見てきたけど、その生活が全員になったような感じ。身近に思えるようになるかもしれませんね。
 
北条 あと、勉強が好きな子や元々出来る子って、自分からでも勉強するじゃないですか?その差がすごく出そうだなと思います。遊んでしまう子と勉強する子とで格差が出てきそうですけど。
 
竹添 まあその勉強を、何で計るか?というのもありますけどね。遊びだと思って虫ばっかり追いかけて、「また遊んでばっかり」って言われてた子が虫博士になったりとか。だからまあ、自分から見つけて何かをすることであれば、それは止めなくても良いのじゃないかなと。
 

 
<戦争とこれからの生き方のこと>
 
北条 戦争についてイベントをされているじゃないですか?それはどういう想いからやられているのですか?
 
竹添 それはやっぱり、忘れちゃいけないから。戦争を記した本などをたくさん読んだわけではないし、記録した写真集も進んでは開かないし。あんまり、具体的な歴史をよく知っているわけじゃない。夫の方がその点詳しいので、お任せって感じなのですけど。でも、戦争に関するイベントをやらなきゃいけないと思うのは、ただ”忘れちゃいけない”っていう想いがあるから。3.11の震災も、別に私が何をできるわけでも、大きな被害を被ったわけでもないですけど、ただ忘れちゃいけないと思ったからキャンドルナイトをしようとか、電気を使わないでいてみようとか。
 
竹添 特に戦争はどんどん、実体験をした方がお年を召しているので、実際の体験に触れる機会って間違いなく減っている。けれども、戦争文学とか戦争記録とかで語り継いできたものとか、アーカイブスみたいなものが残っている。それを忘れないように。
 
竹添 今回のコロナの件もそうですよね。忘れちゃいけない。100年前に同じようなことがあったのに、忘れていた、油断していた、みたいなところがありますよね。歴史は語っているというか、やっぱり同じ流れというのはあるから、その時の反省を忘れない為に。こうなった今、特に戦争が起こるんじゃないかとかは、ずっと考えてる。
 
北条 ”忘れない”という言葉に、自分はピンと来ましたね。正直なところ、戦争について語ろうとなると、ちょっとハードルが高くて・・・と思っていました。戦争を語るのは、自分で良いのかな?とか。
 
竹添 やっぱそう思っちゃいます?全然そんなことはないです。私も大して知っているわけでもなんでもないので。
 
北条 でも”忘れないこと”が、キーワードになっていくと、もしかしたら「自分も!」ってなるかも。
 
竹添 そうなんですね。若い人なかなか聞いてくれないなーと思っていたのですよね(笑)。そっかハードル高いのかあ・・・。なんて言えば良いのですかね?もう少しライトな方が良いのかもしれないけど。慰霊式とか、そういうのは全然行ったことないですけど、「そういうことがあったんだって、どうしよう怖いね。私たちはどうしたらいいんだろう。」みたいな話をするだけでも、なにかしら意味はあるかなと。
 
北条 なるほどそうですよね。戦争の時もですし、今回のコロナもそうですけど、緊急事態の時って、やっぱり人の本質が出ちゃうなと感じました。人の怖さとか特に。もちろん優しさも見えますけど、批判とか誹謗中傷とか、切羽詰まった時の人間の本性が見え隠れしますね。
 
竹添 この後ですよね。ナショナリズム的な流れになっちゃうとイヤだな。どっちで物事を見るか。このあと世界の人たちが、みんな繋がっているんだね、よく頑張ったねと称え合える日が来ると見るか。それともこれから、もっと引きこもろう、もっと排他主義になろう、自分たちの食料は分け与えないぞ、みたいな世界になるか。分かれ道なのかなと。
 
北条 その中でも、資本主義社会の中でーとなるじゃないですか。どう上手くやっていくかですよね。経済を見てとか・・・。
 
竹添 経済ねえ。いままでの経済とかっていうのも、たいして勉強はしていないですけど、ちょっともう取り敢えず、成長を目指す方向からはシフトチェンジした方が・・・。
 
北条 そうなんですよね。そこら辺もガラッと変わっていきそうですね。
 
竹添 インフラと文化。人が生きていく為のインフラを、みんな安心して供給されて、それを維持できて文化を楽しんで、みんなで守っていけるということを私は求めたいかな。最近の「自粛解除」=「経済活動再開」と安易に捉えるような言い方は、どうなんだろう。それ以外にも、もっと「人の営み」はあると思う。生活を維持する為の経済は必要だと思うんですけど、それ以上の余剰分は何にするのか、イマイチ想像が付かないので、私の庶民生活ではね。政治をやっている人たちとか、大企業の人たちとかが言っている「経済」の中身の想像が付かない。
 
北条 確かにそうですね。
 
竹添 それも今回の件で、浮き彫りになったじゃないですか?国の考えていることと、一般市民が考えている生活とのギャップの大きさが今、結構露呈されていて。なぜ今私たちの世界がこんなことになっているのか、ようやく真剣に考え始めた。そう意味では、これから先どのようになっているか興味があります。
 
北条 どう変わっていくかですね。不安ももちろんありますけどね。
 
竹添 そう、それこそ北条さんたちの世代が背負っていく(笑)。
 
北条 娘さんのもですよ(笑)!
 
竹添 うちの娘はまだまだですけど(笑)。どうなっていくかですよね。昭和の高度経済成長みたいなのをお手本にしない、新しい豊かさの価値観が創り上げられて、それで世界中が手を繋いで、みんなの毎日が豊かになる。どっかだけがお金持ち、どっかだけが貧困じゃなくて。不条理に命を奪われたり、報復や信仰のために武装したりしなくていい・・・。それはまあ、たぶん、私たちも北条さんも、どのような意識でこれからを生きていくかですね。
 
北条 難しいですよね・・・。考えていかなければですね。
  
竹添 難しいですけど、そう考えながら、希望はもっていたいなとは思います。
 

 
<文化と日常の星屑集めのこと>
 
北条 少し前に、まち歩きやフォトウォークみたいな形で、「カルチャーを作っていきたいね」と一緒にお話しをしていて、自分も実行できたらなあと思っています。でも、カルチャーを作るって難しいというか、一朝一夕でできるようなものじゃないですか?あゆみさんが思い描く、と言ったら言い過ぎかもしれないですけど、氷見のまちなかカルチャーとして望みはありますか?
  
竹添 そうですね。お店をしていて沢山、今までお会いしたことがなかったご近所さんにお会いするんですけど。皆さんすごい、ハツラツとしてお洒落なんですよ!もちろんお店をやってらっしゃる方もいるけれども、そうじゃない方もいらして。人に見せる為でなくて、自分の為に日々、小綺麗にちゃんと清潔に保つとか、ちょっとお洒落をするとか。見えないところでも、「今日はちょっと、靴下にワンポイント、自分で刺繍してみたの」みたいな。そういう自分の為に、綺麗でいたいというカルチャーというか、日常があるんだなあと思いました。そういうちょっとしたことを見つけて、スポットを当てていけたらいいなあと思いますね。内なる美しさとか、内なるトキメキみたいなものがずっとあって欲しい。それらをピックアップするとしたら、それこそ、お写真とか文章とかで、「こんなに皆さん素敵なんですよ」というのが、分かるといいかな。
   
北条 確かにお洒落でしたよね皆さん。プレオープン当日に、取材していて自分も感じました。お洒落な方が沢山おられて!
  
竹添 そうそう。新しいものじゃなくてもね。別にヴィンテージとかじゃなくても、何かしらポリシーを持っていらっしゃる方が多いので。そういうのが良いと思える価値観を共有できればいいなって。
   
北条 ただお洒落して出かけるところがなかったのかも(笑)。
  
竹添 (笑笑)そうかもしれないですけどね。
   
北条 でもお洒落したいですもん、KOPPEさんへ行く時とかは特に。少しお洒落して行きたいと自分も思うから。
  
竹添 ほんと皆さんお洒落ですよ!さっと、お店の段を降りていかれる姿を見ていると、「おー!マスタードイエローのタイツ素敵!」「お着物の小物使いがモダン!」ってこともあったりして。なんかね、そういうのは私だけ気付いているのはもったいないかなあー(笑)。みんなが知って良い、素敵なことを拾って。星屑集めみたいなことが出来たらいいなと思いますね。日常ですよね。大事なのは日常。
   
北条 なんか良いお話しを最後に聞けましたね!
  
竹添 実現するか分からないですけどね(笑)。
   
北条 いやーなんか、少し前に「氷見に新しいカルチャーを作っていかなければならないね。」なんてことを話していましたけど、いま既にあるので安心しました。
  
竹添 今あるものを発見したり集めて、美しい星をちょっと集めてみたいな感じですね。
   
北条 これから素敵な流れができていきそうですし、楽しいことをしていきたいですね!はい。それでは、これで対談を終わりたいと思います。貴重なお時間をありがとうございました!
  
竹添 ありがとうございました!
 

 
おわり。
 
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<後編のあとがき>
 
過去の記事を含め、連載<考えるパンKOPPEができるまで>を振り返ると、この後編でお送りした内容は、これまでお届けしてきた文脈とは異なるものでした。教育や戦争といったトピックに加え、昨今の情勢を受けてお互いが今感じている時事・社会問題的なことも織り交ぜながら対話してきました。筆者の知識不足もあり、浅く広い表面的な内容にはなってしまいましたが、その中でも、日々の暮らしや日常の中で大切にしていきたいこと、例えば「学び続けることの大切さ」や「忘れないことの意味」などなど、素敵な気付きを竹添さんから頂くことができました。そういった、日常の些細な発見が沢山詰まったこの対談を、皆さんへお届けすることは、何かしらの価値があったのではないかと感じています。
 
今回の対談を通して感じたことのひとつに、『対話をすることは、考えることや学ぶことと密接に繋がっているのではないか?』というものがありました。普段の生活では馴染みの無いような事柄であっても、他の誰かと対話をすることで、“自分ごと”として捉えられるようになったり、自分が興味を持っていることと繋がっているのでは?と感じられるようになったりするのです。筆者の場合、このコロナ禍で顕在化した社会の歪さに疑問を抱きながら、具体的な何かが分からずモヤモヤとしていましたが、今回の対談をきっかけに、様々な分野のニュースに目を向けてみるなど、日々の行動に少しずつ変化が生まれました。様々な年代、性別、職種や国籍など、それぞれの価値観を越えた対話は、良い意味の「変化」が生まれる原動力になることでしょう。
 
刻一刻と、物事や価値観が移り変わる2020年の現代。対話をきっかけに”自分ごと”として課題意識を持ち、能動的に学び考え続け、小さな一歩でも行動することが出来れば、私たちの世の中は少しずつ生きやすくなると信じています。そして、対話をすることから始まる循環型社会があるのなら、これからは皆さんと一緒に、次の一歩を踏み出していけたらと願います。
 
これにて、後編のあとがきと同時に、連載のまとめとしたいと思います。最後まで読んで頂き、本当にありがとうございました!
 

対話する時間を <考えるパンKOPPEができるまで> 最終回(前編)

皆さん、こんにちは。写真家の北条です。
 
県内の緊急事態宣言が解除され早1ヶ月が経ち、少しずつ日常を取り戻しつつある中、皆さんはいかがお過ごしでしょうか?
 
6月に入ってからは、新しいお店がオープンするなど明るいニュースが届き始めた一方で、慣れ親しんだ街のお店が閉店されるという悲しいニュースも見受けられ、当たり前だった日常が目まぐるしく変化する様相を、肌で感じる今日この頃です。
 
さて、今回お送りする記事は、連載企画<考えるパンKOPPEができるまで>。過去3回に渡りお届けしてきましたが、今回をもって最終回となります。
 

 
<過去の記事>
 
街中の明日を「考える」。
 
街の変化と共に。
 
蕾がひらく頃
 

 
今回はこれまでの内容と異なり、考えるパンKOPPE・竹添あゆみさんとの対談をお送りしていきたいと思います。
 

※対談日:2020年4月12日※
 
2020年3月19日、無事にプレオープンを迎えられたKOPPEさん。これまでの時間を振り返るとともに、昨今の情勢を踏まえ、お互いが今考えていることを、ざっくばらんに話し合いました。
 
初めての対談企画ということで、読み苦しい部分も多々あるかと思いますが、お楽しみ頂けたらと思います。それでは、ご覧下さい。
 
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写真家・北条巧磨(以下、北条) 今回は、対談という形でお送りしていきたいと思います。よろしくお願いします。
 
考えるパンKOPPE・竹添あゆみ(以下、竹添) よろしくお願いします。
 
北条 これまでの経緯を踏まえて、オープン時やオープンしてからの心境を、まず最初に聞いてみたいなと思います。本格的に工事が始まったのは、去年の10月くらいからですかね?色んなことがあったと思いますが、振り返ってみてどうですか?
 
竹添 そうですね。去年の10月くらいの時はまだ、「本当にオープンできるのかなあ?」と思いながら過ごしました。「1ヶ月2ヶ月後?想像できないなー」と思いながらも過ごしていましたね。工事が遅れていたので、大好きなパン屋さんへお手伝いに行ったりしていました。
 

 

 
竹添 年が明けてからは、DIYのリノベーションを始めたり、仕入れやオペレーションを具体的に決めたりと急に走り出しました。でも、動けなかった去年の年末のうちは、「本当に大丈夫だろうか?」と心配で色々と考えてみたり、「本当に実現するのかなあ?」と思っていたのを記憶しています。 
 
北条 確かに年末までは、「本当に完成するのだろうか?」みたいな印象が自分にもありました。期待もありつつ心配もあったり。でも年明けてからは、とんとん拍子でしたね。
 

 

 

 

 
竹添 3月からですね、実際にパンを焼き始めたのは。1月2月は、引越し作業と内装工事屋さんになったみたいな(笑)。そっちの作業にかかりっきりでした。
 
北条 つい最近になって、パンのメニューを考えるみたいな感じですね?
 
竹添 そうそう。でもパンのメニューは、ずっとずっと何回も練っていて。時間が経ってしまったから、メニューを考え直したりとかグルグルしていました。頭の中ではシミュレーション出来ていたのですが、やっぱり実際は違いますね。タイムスケジュールとかルーティンとかは、オープンした今もまだまだ試しながらです。様子を見ながらやっています。
 
北条 分からないですよねー。実際にどうなるかは。
 
竹添 そうなんです。心の中では準備していたけど、やっぱり始まってみてみないと分からないですね・・・。
 

 

 

 
北条 お店を開く前に抱いていた、ご自身の”お店”に対するイメージとか。実際にお店を開いてみて、”お店をやること”のイメージは変わりましたか?
 
竹添 お店のやること・・・うーん。
 
北条 思い描いてたお店像みたいな感じですね。
 
竹添 そうですね。今までもパン屋さんでアルバイトさせてもらって、その時のイメージを持っていていたので、そんなにギャップはなかったです。色々な方が来て下さってパンを選んだり、そのパンについて説明したり。自然にできていますね。これまで経験してきたお店が、地に足のついた良いお店だったんだと思います。
 

 
北条 なるほど。マルシェ時代とお店時代を比べての変化とかはありますか?
 
竹添 いやー分からないですね。マルシェの時は結局、マルシェの肩書きを借りての自分だったので、自分のお客さんではなくて、そのマルシェのお客さんという捉え方でした。人気のあるお店が出店して下さっていて、ついでにうちのを見てってくれるみたいなつもりでいたので。でも自分のお店を開くと、「自分のお店のためにここに来て下さっているんだなあ、お客さん。」と思いますね。気恥ずかしいやら(笑)、嬉しいやら。
 
北条 確かに(笑)!
 

マルシェ時代のKOPPEさん
 
竹添 まあでも最初なのでね、それが継続するかはこれからなので、まだなんとも分からないですけど、「自分のお店に来てくれるお客さんなんだ。」という心持ちは違いますね。
 
北条 なるほど、確かに心持ちは違ってきますよね。自分の感覚としては、KOPPEさんのお名前が、例えばヒミイーツに掲載されているのを見て、「おっ、ついにお店になったんだ!」と実感しました(笑)。
 
竹添 お陰様で(笑)、はい。
 
北条 ロゴの雰囲気もちゃんとデザインされていて、KOPPEさんのイメージと合っていますよね。どう表現しましょうか。なんかこう、「お店として、ひとり立ちしたなんだなあ」と感じました。
 
竹添 でも最初は、マルシェだけの出店に満足していたので「工房だけを作ろうか」という気持ちもあったのですけども、まあでもやっぱり、”考える”というところをしっかりやるには、お店という場所を作って良かったなあと思います。
 

 

 

 
北条 そもそも、どういった経緯でお店を開くことになったのですか?工房だけでも良かったと先ほどは伺いましたが。
 
竹添 ここの場所を紹介してもらって。ここが良いなと思ったら、とんとん拍子ですね。
 
北条 それでお店を開くってなんか・・・どう言えばいいですかね。いやー、自分のお店を開くというのが、そもそもすごいなことだなあと率直に思いました。
 
竹添 確かにそうですね。でも、お店を開く前にも、色々考えましたやっぱり。移動式のトラック販売だけにしようとか、どこかマルシェの出店だけにしようとか。卸しだけにしようとか色々。色々な形態を考えて、でも商店街がいいな。この物件がいいなと思ったし、そしたら、お店を開くのが自然だったので。その流れにのって、開かせてもらいましたという感じですね。
 
北条 なるほど。
 
竹添 一人で週に2日の営業だけですし、綿密な資金繰りとか、雇用の手続きとか、そういうのはやっていないので。たぶん一般的にお店を開くということよりも、かなりハードルが低いと思います。
 
北条 そうだったのですね。
 
竹添 実家も自営業だったので、なんだかんだ長いあいだ開いてるし。まあ、「自分のお店もなんとかなるでしょう。」って思いました。
 

 

 

 
北条 この建物でなかったら、お店を開いていなかったとかありますか?たまたまですよね、この物件に巡り会ったのは?他の物件だったら、このような(職住一体の)お店自体無かったのでは?とか勝手に考えたり・・・。
 
竹添 本当に良いところを教えてもらいました。農村とかでぽつんと、パンを作っているというもの憧れだし、そんなスタイルのお店も良いなあと思います。でも私は、そんなに広い土地を管理できなさそう・・・。商店街で、元々ここにお店があって、次に新しいお店ができたというのは自然ですから、ラッキーです。お店があると思って、人が通っていて、お店があるわけなので。
 
北条 街中に新しいお店ができて、やっぱり何か変わりましたよね。お店がひとつ有ると無いとでは、街の雰囲気が全然変わります。
 
竹添 まだまだ最初なので分かりませんが、人が笑顔でいるってのは嬉しいですよね。
 

 

 
北条 過去の記事でも書いたのですけど、街中を歩く度に、木材の香りや工事中の匂いが、お店の少し手前くらいから香ってきて、それだけでも街の雰囲気が違う印象がありました。こうして遂にお店が完成して、街中の雰囲気がまたさらにガラリと変わったなあと感じました。
 

 
北条 KOPPEさんの客層って、家族連れの方とかだったり、あんまり偏っていないじゃないですか。老若男女、特に家族連れのお客さんが来られるのって良いなあと。そういったお店が街中にあるっていうのが、個人的に嬉しいです。
 
北条 あと、お子さん連れの方が多くいらっしゃることって、本当に街の未来や希望だなあと思います。なんかこう、KOPPEさんと共に、彼らも育って行くんだろうなあと思いました。
 
竹添 それはそれは(笑)。
 
北条 どの立場から言ってんだってのはありますけど(笑)。
 

 
竹添 いやでも、昔はみんなそうだったのかもしれないですよね。今は静かだけど、昔はもっと賑わっていたわけだし。
 
北条 イートインスペースが完成すると、また雰囲気は変わるだろうし、プレオープン当日も、パンを食べる人がいたり、本を読んでいる人がいたりだとか、すごく多様的でしたよね。こんなことは、他のパン屋さんでも、あまりないのでは?と思いました。その光景が、すごく嬉しく印象的でした。
 
竹添 色んなことが落ち着いたら、そういうゆったりとした流れができていくと思うので、もう少し楽しみに待ちたいですね。
 

 

 

 
北条 ちなみに、あゆみさんの想いとしては、”パン屋さん”をやられたいのですか?それとも、”考えるパンKOPPE”とあるように、議論とか”考えること”をメインにやられたいのですか?
 

(写真提供:考えるパンKOPPE)
 
竹添 そうですねえ。”パン屋さん”も”考えること”も両方です。どっちか偏るのがイヤですね。今は考えるイベントは開けていないけれど、昨今の情勢を受けて考えることは絶え間なくあります。ただ、週に2回パン屋さんを開くために、仕込みをする時間もありますから。そのふたつが両輪で走る、車か自転車かみたいなイメージです。それが生活ですから、どっちか偏るというのは避けたいですね。
 
北条 なるほど。パン作りと考えることの両立ですね。
 

 
竹添 やっぱり今回、これだけコロナウィルスのことで、飲食業の人たちが困っている、他の方々もみんな。でも私たちが今まで、政治に声を上げてきたかとか、政治に対してチェックしてきたかというと、たぶんそうじゃないですよね。
 
北条 うんうん。そうですね。
 
竹添 前、東京にいた時に、一時期働かしてもらった飲食のお店は、仕込み量が多くて忙しいし、朝から晩までお店を開けているしで、とてもそんな暇は無かった。そんな状態の中で、社員さんは「選挙とか行っている場合じゃない」と言っていました。そんな積み重ねがあって今、権利行使できない立場に追いやられている。ですからやっぱり、考えることをやめてはいけない。でも労働も大切だから、忙しくしすぎないで、考えることや行動に移すことを見失わない働き方をしなければいけないと思うのです。それがまあ、自分の場合は、『育児×パンを作る×考える』というのを、バランス良く無理なく行うことが自分にとって大事なので、「考えるパンKOPPE」もそうであって欲しいですね。いつも忙しく一生懸命とか、生産量を増やすことも良いのかもしれないですけど・・・。
 
北条 そうですね。考えることをやめてしまっていますもんね・・・。ただ、毎日忙しく暮らしているとそうなりますでも・・・。
 
竹添 そうだと思います。そうそう。
 
北条 何かを考えていても、意見を言う場が無かったりとか。そんな背景もあって、考えることをやめている人が多いのかなと思ったりします。やっぱり、会社や組織の中にいると、自分の思っていることが言えない社会になったりしているので、考えて対話する場があるというのは、すごく良いですね。
 

 

 

 
竹添 そうですね。偏った考えや強い意見ではなくて、色んな立場や年齢の方のお話を聞きたいです。同じ人でもその時々で考えって変わるものだから、それをみんなで話し合ったり、受け入れたり、色々質問し合ったり、そういうやりとりがフェアに出来る場所が良いなと。
 
北条 とても良いですね。今回の企画も、誰かと”対話をしたい”という想いから始まりました。議論よりも”対話”。色んな価値観を持った人が、自分の意見を言って対話するということを、これから特に意識しなきゃいけないなと感じていました。自分はある種、対話がなされていない現状に危機感を持っていますね・・・。考えることを止めている社会だし、そういう文化を自分たちから伝えていかなきゃならないなあと、特に氷見から。そういった流れのなかでも、KOPPEさんは貴重な存在であると気付かされます。
 
竹添 やっていることは大したことではないですけど、まあ意識的に続けていければということで。
 
北条 普通のことをやるってだけでも、本当にすごいことだと思いますよ。
 
竹添 ですかねえ。まあでも、今のところ、”考えること”の方には興味を持たれにくいかな・・・。たまにお会いして、「気になっていたんです!」と言ってくださる方はいらっしゃるのですけど。
 
北条 今はパンブームということもあって、最初の方は、『新しいパン屋さんができました!』という見出しが出て・・・そうだと思います。パンをお目当てに来られる方が、多いですかね。”パン屋さん”であり”考える場所”であるということを、ちゃんと伝えていかなければならないですよね。
 
竹添 伝えるのは難しいですよね・・・。自分自身が、わかりやすい表現や断言することを好まないのでなおさら。
 
北条 本当にそうですよね。最近思うのは、伝えることをやらないと本当にまずいと感じます。自分の考えとか、写真に対する考え方だったり、そういうのをちゃんと伝えないとダメだなあと、すごく危機感を持っていますね。受け取り方は人それぞれ違うものだし、写真に対する考え方も人それぞれなので。「”北条”という写真家が撮る写真は、こうなのですよ。」というのをちゃんと伝えたいというのはあります。
 

 

 

 
竹添 でもどうですか?芸術家さんの中でも、自分の作品に対して説明をする方と、作品だけ発表して一切説明しないっていう方が、たぶんいらしゃったりすると思うのですけど・・・。
 
北条 あーそこは難しいですよね。自分は、作品を読み取って欲しいのですよ。自分から直接的に伝えることはあまりせずに。作品を通したりとか、展示方法とか伝達媒体を通して汲み取って欲しい。そんなタイプですかね。でもなかなか、それを出来るリテラシーがまだまだ浸透していないのかなと・・・。
 
竹添 観る側の方にですよね。観賞の仕方だったりとか。
 
北条 そうです。それは別に、富山や氷見に限ったことではなくて、それは日本全体の問題というか、教育の問題とかにあると思います。やっぱり、ヨーロッパへ行くと、美術館とか博物館とかが沢山あって、観る人の教養が養われていると思うのですけど、やっぱり日本だとまだまだ・・・。
 
竹添 対話しながらよりも、「静かに観なさい。」という注意が先に立ちがちですね。展示に見に行っても。
 
北条 そうなんですよね・・・。
 
竹添 創作も大事だけど、読む力とか読み取る力は大事ですよね。
 
北条 やっぱり、自分の想いや意志とかを作品に込めるので。それは伝達媒体が、写真にせよ文章にせよ動画にせよ。そういうのを、汲み取って欲しいなと。自分ももっと努力しないといけないですけど・・・。
 
竹添 そうですよね。よく、谷川俊太郎さんとかも、川島小鳥さんの写真集に詩を載せるとか、そういうのもありますよね。たぶん、その二人の間には多少の齟齬はあるんだろうけども、でもそれが1冊の本になった時に面白い。第三者を入れて語ってもらう、みたいな方法も良いですよね。
 
北条 そうですね。伝える方法は、工夫しないといけないですよね。
 
竹添 自分が語りすぎるもの、難しいですよね。芸術家さんはその辺きっと。
 
北条 そこは悩みますね。なので、自分の活動としても、これからは”伝えること”を大切にやりたいなと思っています。氷見の暮らしの良さをちゃんと伝えるとか。そういうところに重きを置いてやりたいなと。ただ写真を撮るだけではなくて、その先のこともー、というのが今思っていることです。自分の課題というか使命として。やっぱり氷見の良さも、ちゃんと伝わりきれていないじゃないですか?
 
竹添 まあ大丈夫よ。わかるわかる(笑)。
 
北条 いやーどうなんですかね(笑)。あゆみさんは、氷見へ移住されていますよね?どうですか?外側から見て氷見は。少し話は変わりますけど。※後編へ続く※
 
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<前編のあとがき>
 
最後まで読んで頂き、ありがとうございます。ここでは、前編のあとがきとして、少しだけ付け足しをしたいと思います。
 
この記事の構成を考える上で最初に思い浮かんだのは、雑談のような取り留めのない話から、ふとした気付きや発見が生まれれば良いなということでした。例えば、温かいお茶や珈琲を飲みながら話した時の記憶というのは、どこか頭の片隅に残っていることってありませんか?そんなリラックスした雰囲気のなか、肩肘張らないで、またインタビューのように一方的なやりとりだけでは終わらずに、異なる価値観や考えを共有し合える機会を作りたいなと考えました。それが、この企画のあらましです。
 
対談を終え、収録音声の文字起こしや校正作業の為、約2ヶ月後の公開となりましたが、その間にも様々なニュースが駆け巡りました。コロナ関連のニュースはもちろんのこと、誹謗中傷問題や人種差別問題などなど。こういったニュースが届けられる度、「現代の私たちは、対話することを本当に行えているのだろうか?」という不安や危機感が募りました。ただ一方的に誰を批判し傷つけたり、双方の意志や価値観の共有がなされていないまま、出口なき対立が生まれているように感じたのです。
 
そういった最中で、今回の企画を皆さんに届けることは、影響力は微々たるものでも何かしらの意味はあるのではないか?と思い、文章を積み上げていきました。
 
この記事をご覧頂き、隣にいる身近な誰かと対話するきっかけが生まれたならば、筆者としても嬉しい限りです。
 
後編では、氷見での暮らしのことや、教育・文化、戦争について対話していきます。引き続き、お楽しみ下さい。
 

変わるもの。変わらないもの。

皆さん、こんにちは。写真家の北条です。
 
昨年2019年7月から氷見市に移り住み、継続的に行っている本サイトでの執筆活動も、今回の記事を含め9本となりました。日頃から、記事を読んで下さっている皆さんへ感謝申し上げます。
 
文章を書くことは、写真を撮ることと同じくらい好きな行為で、今では生活のルーティーンのひとつになっています。また、氷見市での「暮らし」を基本テーマとした記事を、月に1回執筆する時間は、自身の心の変化と向き合うという面でとても大切な時間だと捉えています。その上で、先月の執筆活動から今月に至るこの期間、新型コロナウィルス感染拡大の影響が本格化すると共に感じた、筆者の心境や価値観の変化は、ここに書き留めておく必要があるとも同時に思いました。
 
今回のコロナショックを受けて、まず念頭に浮かんだのは「この状況下で、自分は一体何が出来るのか?」という問いでした。楽しみにしていたイベントが開催中止になり、世の中のエンターテインメントが次々と減っていく日常に、東日本大震災の時と似た心の痛みを覚えました。当時学生だった筆者も、9年後の今は、影響規模はまだまだ小さいものの、いちメディアの人間として情報を伝えたり、いちクリエーターとして面白いもの・感動するものを届けたいと願ったり、いわゆる「生活必需性がないもの」を扱う立場の人間として、この困難をどう向き合ってきくか?”当事者”として考え続けています。
 
それらを踏まえた上で、今回痛感したことのひとつは、「何も変えることが出来ない」という自分の”無力さ”に気付くと同時に、改めて「自分が出来ること」を見つめ直し、地に足をつけて堂々と行動するということでした。言い換えると、変化を強いられ困難な状況に面している人々へ向けて「救いの手」を差し伸べることは到底出来ないし自分自身に力は無いけれど、今この時代に生きる「ひとり」の”フィルター”を通して、誰かひとりにでも「何かを」真摯に届け続けることが、とても大切だと実感しました。
 
筆者にとって、それは”写真”でした。
 
2020年の春、この街の様相を”記録写真”としてここに残します。
 
麗らかな季節の風景を眺め、少しでも心が安らぐひと時になることを願っております。
 
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暮らしの中で、初めて経験する氷見の桜はとても綺麗で、いつまでも眺めていたくなる程の美しさでした。写真からでも、桜の木々の力強い生命力がひしひしと伝わってくるようです。しかしながら、桜の立場からすると、いつもと変わらない季節の軌跡を辿っているだけなのかもしれません。
 
純粋に自然を愛で生きることの価値観を、私たちはどこかに置き忘れてしまっていたように感じます。
 
これから更に変わりゆく時代のなかで、変わらない暮らしの「一部」があるのならば、私たちはそれらを大切に、大切に守っていきませんか?
 
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今この瞬間も、必死で頑張っているあなたへ、感謝とエールの気持ちをお送りしたいと思います。
 

蕾がひらく頃 <考えるパンKOPPEができるまで>

皆さんこんにちは!写真家の北条です。
 
2020年が始まった!と思えば、月日が過ぎ去るスピードはとても早く、カレンダーは早くも3月終盤に差し掛かっていることに驚かされます。
 
道端の草木は花びらを覗かせ、小鳥の鳴き声も聞こえてきて、いよいよ春がやってきたと実感する瞬間が少しずつ増えてきました。冬と春が行ったり来たりして、少しずつ日常に彩りが戻っていくこの季節は、心が躍りワクワクします。
 
しかしながら、今年の季節の歩みはいつも通りには進まず、今世界中が置かれている状況を顧みると、冬のような日々が続きそうな気がして重苦しい心境になりそうです。
 
それでも、街が明るくなる話題や心が安らぐ風景を、お届け出来たらと想い、筆を執っている次第です。
 
さて今回の記事では、絶賛連載中<考えるパンKOPPEができるまで>の第三弾をお送りします!
 

 
<過去の連載記事>
 
街中の明日を「考える」。
 
街の変化と共に。
 
本題へ行く前に、ふるさとワーキングホリデーで氷見市に滞在された田矢さんの記事でも紹介されたように、いよいよ『考えるパンKOPPE』のプレオープンが決定しました!
 
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<考えるパンKOPPE店舗・プレオープン>
 
住所・富山県氷見市中央町9-10
日時・3/21 (土) 10:00〜17:00より ※毎週水・土曜日営業(水曜日は11:30〜19:00営業)※
 
ー 販売はパンと焼き菓子及びグッズ販売で、イートインスペースを含めたグランドオープンは、5月初旬を予定されているとのこと。 ー
 
プレオープンなどのイベント情報は、『考えるパンKOPPE』のfacebookページからご覧下さい。
 
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待ち遠しかったお店のスタートに先立ち、ここからは筆者が写した日常風景より、『考えるパンKOPPE』2020年の歩みをお届けして行きたいと思います。
 

 
<建築家・能作文徳さんと珪藻土塗りワークショップ>
 
2020年2月11日。店舗設計を担当されている建築家・能作文徳さんが氷見市へ来られ、勤められている大学の学生さんと一緒に珪藻土塗りのワークショップが行われました。
 
時間の都合上、筆者自身は、珪藻土塗り作業をご一緒することは出来ませんでしたが、ほんの少しの間だけ皆さんとのお時間を共有させて頂きました。
 

 

建築家・能作文徳さん

 

 

珪藻土塗りワークショップに参加された皆さんと集合写真

氷見から新高岡駅へ。新幹線で帰京する皆さんをお見送り
 
そして、”カキノ”さんの看板もこれで見納め。ワークショップの数日後には、あの慣れ親しんだ看板は下され、この街の新しい表情がお目見えしました。次に、皆さんが再び氷見の街中へ来られる頃には、『考えるパンKOPPE』の佇まいが、街の様相に馴染んでいることと思います。
 

 

写真提供・考えるパンKOPPE
 
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ここからは、2020年の年始めから前述2月11日までの軌跡を、ご覧下さい。
 
<2020年1月2日時点の店舗>

 

 

 

 

 

 
<2020年1月26日時点の店舗>
工事が進むにつれて、内装が出来上がっていくと共に”モノたち”も集まって来ました。
 

 

 

 

 

 

 

 

 
<2020年2月11日時点の店舗>

『考えるパンKOPPE』のロゴデザインは、グラフィックデザイナーの高森崇史さんが担当されました。

 

 
ここ数ヶ月の間、街を歩きながらお店へ近づいていくにつれて、ひみ里山杉の心安らぐ香りを感じる瞬間が、筆者はとても好きでした。そこに、パンやコーヒーなど、あの心地よい香りも加わると、街中を歩くのがまた楽しくなりそうです。是非、読者の皆さんもこの感覚を味わって欲しいと思います!
 
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蕾がひらく頃。
 
待ちに待った、新しい季節。
 
刻一刻と変化する世の中で期待と不安が交じり合い、最初の一歩を踏み出す勇気が出なくなりそうな感覚になります。
 
けれども、積み重ねてきた時間想いは決して空虚ではなく、あなたの背中を押してくれる手助けになることでしょう。
 

 
笑顔で街中を歩く光景が、もっと沢山に見られる日常が戻ると信じて。
 
新しい季節の訪れを一緒に待ちましょう。

YouTubeチャンネル「Himigraph(ヒミグラフ)」が始動しました!

皆さん、こんにちは!写真家改め”YouTuber”の北条です。
 
今回の記事では、2020年になって突如始動した取り組み「Himigraph(ヒミグラフ)」について、ご紹介して行きたいと思います。
 

 
【氷見へ移住してからの心情変化】
 
これまでの記事で述べたように、筆者にとっての2019年は激動の日々で、新しい出会いと挑戦の連続でした。特に、氷見へ移り住んでからは、当初予想していた以上の反響やお声がけがあったりと、忙しくも本当に充実した毎日を過ごすことが出来たと実感しています。
 
先月公開の記事でもお世話になっている「考えるパンKOPPE」さんとの出会いもこの街へ移住してきてから。昨年10月、氷見市中央町にある「まちのタマル場」で開催された、「見える化で現状を整理!小さな仕事づくりカフェ」というセミナーに参加し、竹添さんとお話しさせて頂いたのがきっかけ。
 
<関連記事>
見える化で現状を整理!小さな仕事づくりカフェ
 
見える化で1年後の目標に近づく!小さな仕事づくりカフェ
 
そして、出会いが出会いを呼び、フィッシュレザーでお馴染みの野口朋寿さんに誘われて、昨年の年末からは、尾野寛明さん(有限会社エコカレッジ)が講師を務めるUMINO APAMACHI SCHOOLへ参加したりと、氷見と関わる方々との時間が純粋に楽しく、愛おしいと感じる瞬間が増えました。
 

※前回2020年1月24日のUMINO APAMACHI SCHOOLでは、考えるパンKOPPE・竹添あゆみさんがゲストスピーチを行い、教師からパン屋さんになるまでの経緯や、考えることとパンについて、彼女自身が思い描くお店の未来などについてお話しされました。※

 

 
そんな、様々な考え方や価値観を持ち、自身のやりたい事、面白い事をやっている・やろうとしている方々と関わる中で、筆者ももっと氷見の街で面白いことに挑戦したい!と強く願うようになりました。
 
そのひとつが、氷見の「未来」を描いていくヒト・モノ・コトへ、フォーカスするYouTubeチャンネル・「Himigraph(ヒミグラフ)」でした。
 

<動画>【チャンネル誕生前夜】氷見の若手ふたりが本音トーク!
 
【松木佳太という挑戦者】
 
筆者は94年生まれで、氷見で出会う人々は必ずと言って良いほど、人生の先輩で尊敬する方々ばかりです。その中でも、「移り住みたくなる宿 イミグレ」のオーナー・松木佳太さんは同じ20代で年が近い先輩。それでも、彼自身のやりたい事へ邁進していて、言葉足らずも「凄い」と感じさせられる氷見のプレーヤのひとりです。
 
そして、年が明けて2020年。
 
エネルギッシュで行動力があり、たとえ失敗しても立ち上がり、そして何よりも氷見の街を愛している松木さんの「思い描く街の未来」を聞いてみたくて、初めてイミグレへ尋ねてみることにしました。
 

 
これまで、ふたりきりでお話しする機会はあまり無く、今回が初めて。会話の中にもあった、「まずは挑戦してみる!」氷見の表舞台に立って、色々な壁や障害を乗り越えながら突き進む彼の言葉は、重みが全然違うと感じさせられました。
 
彼との会話がきっかけで、動画という新しい領域に挑戦したいという、くすぶった思いに火がつきました。
 
そんな松木さんが、タレント級の活躍をしているのが「Himigraph(ヒミグラフ)」。インタビューや街歩き企画など。バラエティ豊かな動画を展開予定です。
 

<動画>【氷見のまちなかブラリ旅!】干もの家氷見さんでノドグロの開きを頂きます!!
 

<動画>【BEER CAFE ブルーミンSPイベント!】お店のメニュー全部食べてみた!!
 
【地方と動画の未来】
 
去年から、著名人やタレントの参入が相次いだYouTubeを筆頭に、NetflixやAmeba TVなどインターネット動画市場は、ますます盛り上がりを見せています。恐らく、5Gが普及するようになる数年後には、テレビを含む動画コンテンツの市場は大きく変わることが予想されます。それでは、この時代の転換期に、地方で暮らす私たちはどう向き合っていけば良いのでしょうか?
 
筆者の考えとして、今までのようにマスメディアの取材を待つ時代は完全に終わり、”今”、自分達から地方の魅力を発信していかなければ、地方の現状はこれからずっと変わらないということです。2010年代に、インスタグラムなどのSNSで起きた個人の情報発信・収集革命と同じようなことが、今度は動画のプラットフォームで起こるのではないか?と予想しています。そして、動画という情報媒体が消費者へ及ぼす影響は、写真や文章に比べ効果的であり、より臨場感があると皆さんも納得して頂けると思います。
 
例えば、BEER CAFE ブルーミンでクラフトビールを頂くこの企画も、まるで自分たちも一緒に飲んでいるかように感じませんか?噂でよく聞くブルーミンさんも、実際の店内の雰囲気はどうなっているだろう?など、写真や文章だけでは伝わりきれない側面を補ってくれます。
 

<動画>【ほろ酔い】いま話題のブルーミンでクラフトビールを堪能しました!!
 
少し前に、富山県のインスタグラム利用率が全国1位というニュースがあったのはご存知ですか?例えばもし、インスタ検索からYouTube検索がスタンダードになって、富山県内の人々がYouTubeに流れるとなると、、、人々の流れがまた大きく変わると思いませんか?
 

<動画>【BEER CAFE ブルーミンSPイベント!】気ままにカフェトーク with 氷見四人娘!!
 
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開設して1ヶ月も経っていないのに関わらず、本当に多くの方々が出演して頂き、感謝の気持ちでいっぱいです。
 
時間とお金を出来るだけかけずに、完璧でなくても取り敢えず始めたら何かが変わるかもしれないと思い見切り発車した為、まだまだ未完全な動画になっています。それでも、映像に映っている方々はどなたも輝いていて、また制作側の「楽しさ」がライブ感となって、飾らない氷見の魅力が伝わっているのではないかと思います。
 
最後に、動画の企画を考えていると、この街は面白いコンテンツが本当にあると改めて感じます。体験型企画、街歩き企画、インタビュー企画や居酒屋企画などなど、出演してくださる方が心から「楽しい!」とか「面白い!」と思えるチャンネルにして行けたらと思います。
 
是非、Himigraphのチャンネル登録と高評価を宜しくお願いします!
 
そして、今後とも”Himigrapher”の北条巧磨を宜しくお願いします!
 

街の変化と共に。<考えるパンKOPPEができるまで>

皆さん、こんにちは!写真家の北条です。2020年もどうぞ宜しくお願いします。
 
個人的に振り返る2019年は、ここでは語りきれない程の沢山の出来事がありました。3月開催の自身初写真展『. Colour-Full .』に始まり 、7月からは氷見市への移住。新しい出会いや暮らし方など、身の回りの全ての環境が大きく変わりました。この街で生きていくことに対する価値観も日々アップデートされることの連続で、2020年はそれらの実体験を織り込んだ新しい取り組みが始められる勇気が湧き始めています。
 
さて、前々回に公開された記事『街中の明日を「考える」。』は、ご覧頂けましたでしょうか?こちらは、氷見市中央町商店街で新しくお店を構えるご家族『考えるパンKOPPE』さんをご紹介させて頂いた記事なのですが、去年執筆した記事の中でも1番反響があり、嬉しいことに「記事を読みました!」と沢山の声を頂きました。
 
2020年の最初の記事は、この物語の続編。パン屋さんの佇まいすらなかった建物の様相から、どのように変化して行くのか?数回の記事に分けて、読者の皆様と一緒に見守って行けたらと思います。
 

 
時は遡ること2019年11月17日。中央町商店街の通りを歩行者天国にして行われる『うみのアパルトマルシェ』の当日、KOPPEさんを取材させて頂きました。
 
『うみのアパルトマルシェ』の歴史は、さらに時を遡ること2017年7月17日、第1回目のイベントが開催されたのが始まり。元々、中央町と北大町を繋ぐ橋『北の橋』が、老朽化による建て替える工事の通行止めに伴い、商店街の通行量が著しく減ってしまうことへの危機感から生まれたアイデアが、”マルシェ”の開催だったのです。
 

 
<関連記事>
 
氷見にマルシェができるまで【第1回】
氷見にマルシェができるまで【第2回】
氷見にマルシェができるまで【第3回】
氷見の新スポットだニンニン 「北の橋」架け替え完了(北陸中日新聞)
 
そして、2019年12月15日。北の橋は、2016年10月からの架け替え工事を経て、無事開通しました。この時系列と経緯を踏まえて、<考えるパンKOPPEができるまで>の名の下、新しい生命の記録写真をお伝えして行きたいと思います。
 

 

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【考えるパンKOPPEの店舗工事状況(2019年11月時点)】
 
ご覧の通り、骨組みと足場の施工段階で、まだまだ店舗の全貌は分からないのですが、配線・配管などの基礎的な部分は、少しずつ完成に近づいている印象を持ちました。
 
店舗デザインの観点で個人的に好きな部分は、『ひみ里山杉』が使用されていること。氷見の街は海と里山の距離が近いということは、ここで何度もお伝えしているのですが、その恩恵を受けた『ひみ里山杉』を、身近に感じられる場所が増えるのはとても嬉しい限りです。『ひみ里山杉』が持つ明るく優しい色合いの店内で、パンの香ばしい香りと杉の乾いた癒しの香りに囲まれながら、ゆったりとした時間を過ごす風景を一度想像してみて下さい。お店の完成がとても楽しみになるのではないでしょうか?
 

 

 

 

 

 

 

 
クラウドファンディングのページにもありますように、当初のオープン予定は2019年11月でした。しかしながら、職人さんの人手不足やスケジュールの関係上、おひとりで作業を進められているとのことで、お店のオープンは2020年春予定へ変更されました。
 
それでも、職人さんの手仕事はどこを見ても丁寧で、細部まで作り手の心意気が通っていると、上の写真からでも伝わってくるのではないでしょうか?
 

 

 

 
今回、(特に地方で)お店を始めるのは、人材不足・物資物流などの様々な問題に直面することを感じました。さらに、KOPPEさんであったり、木造建築などの特殊なリノベーション案件は、職人さんの技術や経験が不可欠とも伺います。対費用面の問題もありますし、これからの地域社会が抱える問題点が見え隠れするようです。
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「街はまるで生き物のように変化し続けている。」
 
北の橋が開通して丸1ヶ月が経ち、そう実感しています。車の流れが再び出来て、閉鎖的に感じられた中央町商店街に、フレッシュな空気が送り込まれました。しかしながら、街を歩く人々の流れは出来たのか?『うみのアパルトマルシェ』の時のように、人と人が立ち止まって会話する光景が見られるようになったのか?と問われると、その答えは難しいところです。
 
2020年、『うみのアパルトマルシェ』と過ごした月日からバトンを受け取り、『考えるパンKOPPE』と一緒に歩む新しい時代の扉が開かれる予感がします。KOPPEさんを皮切りに、また新しい風が吹くかもしれません。
 

 
街の変化と共に。

二足の草鞋は季節を尊ぶ。

先日とは言っても早1ヶ月前くらいのこと、氷見市地域おこし協力隊でありフィッシュレザー製品ブランド「tototo」のクラウドファンディングに成功された野口朋寿さんと、美味しいお酒をご一緒させて頂く機会があり、記事を書くことについてのお互いの思いを交換しました。
 

 
「記事の中に季節感が無いと、どうしても味気ないものになってしまう。」
 
魚や釣りに関する記事が多い野口さん。例えば、季節の旬な魚釣りを紹介したいと思っても、近頃のご多忙で文章をまとめる時間が無いまま、旬は過ぎ去ってしまうとか。写真も似たような題材で、今回掲載する写真は、1ヶ月半以上前に撮影した初秋の写真たち。この撮影以降の1ヶ月半は、多忙に次ぐ多忙。空き時間に少しずつ執筆作業はしていたものも、全体をひとつの記事としてまとめる時間は有りませんでした。
 
この1ヶ月半の間、どうして多忙だったのかは、またいつかの機会にご紹介するとして。今回は、ジェットコースターな日々が始まる前のお話。2019年の暦上、最後の3連休の1日、氷見の初秋を巡るプチ旅の様子とエッセイをお伝えして行きます。
 

 
前日の残業が響き、少し遅めの時間から始まった休日の朝。電動ミルで砕いた珈琲豆をハンドドリップで注ぐと、部屋の中は浅煎り豆の香りがふわっと広がり、遮光カーテンの隙間からは秋晴れの透き通った青空が垣間見えました。海側から昇るあの美しい朝焼けを、今日も見逃してしまった一抹の後悔はあるけれど、山側に沈む朗らかな夕陽を拝めることが出来たらと期待を抱くのでした。
 
朝食を終え、洗濯機を回し、掃除機と周り、シワが残る衣服が太陽の下で踊る頃には、時計の針は一筋に重なり合います。
 
ひとり暮らしの会社員は、生きているだけで忙しい。休日の半分は家事の時間で潰れてしまうから、やるせない気持ちになることは何度もあります。また、ひとり暮らしを始めてから1年半以上の間、”弁当”というものを毎日休まず作り続け、会社へ持って行っていることも、誰かに褒めて欲しいけれど誰にも褒められない切ない事実です。
 
たまには自分へのご褒美に、氷見食材を使った美味しいランチを外食しても、誰からも文句は言われないでしょう。氷見へ移り住んで以来、行きたくて行けなかったイタリアンのお店へ車を走らせることにします。
 

 
氷見産の、旬で新鮮なお野菜をイタリアン料理で頂けるお店「イタリアンキッチンオリーブ」さん。早速、オーガニック野菜の前菜料理から味わっていきます。
 

 
野菜本来が持つ旨味を、調理方法や食材の組み合わせで表現した一皿。食感や味覚から秋を感じながらひとつひとつ、食材の表情を楽しみます。
 

 

 
メインメニューは、「白エビとブロッコリーのパスタ」。氷見らしく、魚介食材とのコラボレーションが味わえるのも、この街のイタリアンならでは。ブロッコリーと白海老、野菜と魚介がそれぞれ持つ苦味と甘みが絶妙に交わり且つ、赤唐辛子がアクセントのシンプルな味付けで、この上ない幸福感を味わえる一品でした。Bouno!
 

 
ランチの終わりには、氷見産リンゴのコンフォートにバニラアイスを添えたデザート。甘さを抑えたコンフォートは、これまで頂いた食材のフィナーレにふさわしい美味しさでした。
 

 
季節ごとに変わるオリーブさんのメニュー。ウェブサイトからは、今の季節に提供されている料理を見ることが出来るので是非ご覧下さい。
 
【イタリアンキッチンオリーブ】への地図はこちら。
 

 
海と里山の距離が近いのも、氷見が持つ魅力のひとつ。オリーブさんから車を走らせること約15分。秋色に色づき始めた山道を進むと、手書きで”ソライロ”と書かれた大きな看板が見えてきました。もうひとつの行けていなかった場所は【Bed&Kitchen SORAIRO】さんです。
 

 

 
ここで堪能する秋のスイーツはこちら。
 

 
チーズタルトに添えてあるサツマイモチップは、ソライロさんのある速川地区の特産品であるサツマイモをチップスとして開発したもの。イタリアンとはまた異なる、日本に根付く風土や文化が宿った、真っ直ぐで優しい甘みを堪能しました。
 
【関連記事】
 
氷見の暮らしが体験できる!「Bed&Kitchen SORAIRO」①
 
氷見の暮らしが体験できる!「Bed&Kitchen SORAIRO」②
 
かつて氷見市地域まちおこし協力隊として、現在はお店のオーナーとして速川地区の発展に貢献されている澤田さんと、氷見のことについて少しばかりお話させて頂きました。考えが一致したのは、「氷見が旅の最終目的地になれば、、、。」ということ。どうしても、隣県へ向かう”ついで”に氷見へ立ち寄るのが旅の定番となっていて、氷見の魅力を体験する前に移動してしまうのがとても寂しいところ。
 
海側と山側の暮らしの良さ、両方をゆっくり味わって欲しいというのが澤田さんの願い。その願いを体現するかのように、1階のカフェ・レストランスペースに加え、2階にはゲストハウススペースが用意されています。これからの季節、朝陽の光でキラキラと輝く一面の銀世界は、是非皆さんにも体験して欲しい風景だとか。お店の詳しい情報は、こちらのfacebookページからご覧頂けます。
 
【Bed&Kitchen SORAIRO】への地図はこちら。
 
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ここからは、秋のドライブを楽しみながら、氷見の山側スポットを巡って行きます。目の前に迫り来る、秋めく景色に視線を移すと、あの日の記憶が蘇って来ます。
 

 
「”忙しい”という言葉は、”心(忄)が亡くなること”を意味する日本語だ。」と教えてくれたのは3年前の冬のある日。普段口数の少ない父親との会話からのひと言で、いまでも鮮明に覚えている苦しい経験から「忙しい」という認識を改めました。
 

 
あまりの忙しさとストレスから、身体も心もぼろぼろになって、燃え尽きた煙草の灰のようになった筆者。ロンドンの街の外れ、いつもは学生たちで賑わう街並みも、クリスマス休暇で皆家族のもとへ帰り、乾いた冷たい風が吹き付けるだけの街に、父親は遥か遠い富山から助けに来てくれました。閑散としたキャンパスを親子ふたりで歩きながら、久しぶりの会話が続きます。
 

 
「もう少し元気になったら、街を歩くことから始めなさい。」当時、自動車工学を専攻していた筆者にとって、デスクトップのCAD※へ1日中向かいあうのが日常で、「街を歩く」ということは、目の疲れを癒すことや心の気分転換をするくらいの行為だと当時は思っていました。
 
※設計・図面作成や解析用ソフトのこと。Computer Aided Designの略。
 
ただ、この言葉の真意は、リフレッシュの為では無かったように今現在は思えます。「街を歩く」ことは「季節を尊(たっと)ぶ」ことなのだと。そして、「心が亡くなる」ということは「季節の移り変わりを見失ってしまう」ことだと、社会人になって、そして氷見へ移り住んで改めて実感しています。
 

 
「季節」の感じ方は、人それぞれだと思うけれど、地元産の旬な食材を頂いたり、路端に咲く花木を愛でたり、刻一刻と変わりゆく天気や自然の表情を切り撮ったり、忙しなく過ぎ去る時間軸のなかで「季節の移り変わり」と向き合える瞬間がすぐ身近にある氷見の良さ。
 
今の時期であれば、枯れ葉が道端にたまり、椿の花が咲き始め、寒ブリを取り扱うお店には開店前から列を成している。そんな些細な気づきが、季節の大河に身を戻してくれるのです。3年前のあの時以上の忙しさを経験している今、過ぎ去る季節になんとかしがみ付いていられるのは、自然に富む富山県は氷見とこの街に住む人々のお陰だったと感謝しています。
 
「季節を尊ぶ」という、日々の暮らしの中ですぐに見えなくなってしまう感覚を、これからも大切に持っていたいと思います。
 

 

 

 

 
帰路の車窓からは、暖色に染まる広大な夕空が映し出されていました。地名も分からぬ田圃道の脇に車を停め、ほんの少しだけ歩くことにします。
 
すると、竹の木を肩に担ぎ歩くおじいちゃんが、反対方向からゆっくりと向かって来て、すれ違い様に「お疲れ様〜」と優しく声をかけてくれた。それが、なぜだかとても嬉しくて。短い挨拶の中に、思いやりの心が詰まっているような気がしました。
 
「沈む行く夕陽と竹の木を担ぎ歩くおじいちゃん」
 
情緒溢れる秋のワンシーンになるのでは?と踵を返しカメラを構えると、おじいちゃんは立ち止まり夕焼けを眺めていた。
 

 
「季節を尊ぶ人」はここにもいたのです。
 
年末へ向けて、さらに忙しい日々はここから始まる。不安と期待が入り混じる心持ちでも、なんとか乗り越えられそうな勇気をもらえました。
 

街中の明日を「考える」。

氷見市へ移り住み、すでに3ヶ月以上もの月日が経ちました。
 
住まいの拠点を移すことは新しい出会いの連続で、移り住む前と後では、物事に対する考え方や価値観も変わってきたように思えます。同時に、氷見で暮らす人々と対話をすることで、この街が抱える課題も少しずつ見えてきました。
 

 
「街中に活気が無いよね。」
 
「若い人の行き来が少ない。」
 
「シャッターがいつも下りた街並みは、すごく寂しいです。」
 
氷見が抱える代表的な課題のひとつが、この「街中問題」ではないでしょうか?上の写真にある、1970年前後に建設された中央町商店街共同ビルの景観は、”防災ビル”としての機能を果たしており、駅から徒歩圏内である利便性も相まって、現在では想像出来ない賑わいを昔は見せていたようです。
 
過去に公開された記事でも紹介されているように、氷見市中央町の共同ビルは、基本的に3階建て(又は4階建て)構造となっており、店舗兼住居として使われていました。しかしながら、高齢化の進行と同じく建物の老朽化により人々は住まいを移し、今現在のシャッターで閉ざされた街並みを残すこととなってしまいました。
 
【参考記事】
 
商店街レトロビルの元洋食屋さんではじめる小商いのある暮らし
 
防災建築街区再生支援制度の研究-富山県氷見市中央町を例として-
 
それでもなお、街の中心に位置する中央町商店街共同ビルは、見逃すことが出来ない”街の財産”であり、工夫次第では、再び人々が集う空間を創造できる可能性が残っているのです。幸なことに、自分の好きなことや得意なことで、氷見の街中をより良くしたいと考えている人々が沢山おられることを、移り住んで改めて実感しました。
 
今回ご紹介する「考えるパンKOPPE」さん(以下敬称略)も同じく、街中への思い入れを抱くご夫婦。かつて中央町商店街にあったお店を引き継ぎ、改築へ経て自身のお店をオープンさせます。
 

 
【参考記事】
 
「考えるパンKOPPE」って何?空き店舗をリノベしてつくりたいお店があります!
 
「考えるパン KOPPE」の心のこもったパンと「からしま蚤の市」
 
考えるパンKOPPEができるまで
 

 
考えるパンKOPPE」との出会いも、氷見へ移り住んでから。この街に対する思いや子育てをしながらお店を続けることへの思いなどをお話しする中で、是非お店が生まれ変わる様子を写真で残しておきたいと思い、取材のお願いをしたところ快く承諾して頂きました。
 

 

 
以前は、酒屋さんだった建物がパン屋さんに生まれ変わる。古き良き街のたまり場が、老若男女の人々が集う新しい空間へ。その過程を想像するだけでも、わくわく心が踊るのは筆者だけしょうか?
 

 

 
1階部分は電気もない為に薄暗く、夏の湿っぽい空気が依然として取り残されたような空間でした。蜘蛛の巣が張り巡らされた路を進むと、裏庭へ続く開けた空間へ。ご覧の通り、木材の状態も悪くなく、建物全体が老朽化していると予想していただけに裏腹な印象を持ちました。
 

 

 

 

 
階段足場のタイルは所々剥がれ、比較的整った部分を探りながら2階・3階へ上がると、そこには当時の生活の面影が残されていました。
 
使われていた家具や置物など、かつて住まわれたご家族の人となりが垣間見え、昭和から平成へと時代を生きた暮らしの情景が、私たちの脳裏に浮かぶようです。
 

 
それでもやはり、人の暮らしがない建物は見た目以上に老朽化が進むもので、特に配管などの生活に欠かせない部分の問題は、この物件も例外ではありませんでした。
 

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建物の外観から屋上へと撮影を進める間、曇天な空模様も、屋上へ顔出す頃には、雲々の流れが分かる程の天候へ回復していました。ここから眺める海側の景色は、まさに氷見の豊かな暮らしを象徴するそれで、純粋に羨しくなるほどの清々しい潮風が吹いていたのを記憶しています。
 

 

 
見下ろした街並みの様相も、普段では出会わない新鮮な光景たち。数年後・数十年後、行き交う人々が増えるたび、ここで新たな物語が生まれることを願います。
 
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昨夜まで降り続いた雨は、屋上に水溜りを作っていて、その青い雨水を避けた片隅から、最後に、ある家族の写真を残しました。
 

 
ファインダーを覗きながらふと浮かんだのは、子どもたちの笑顔は「街の希望」そのものであるのだと。当たり前のことかもしれませんが、大切なことに気付かされたように思います。今の時代、辛い出来事や心を傷める情報の方が多いかもしれないけれど、子どもたちの笑顔に何気なく救われた瞬間を、皆さんも経験されたことがあるのではないでしょうか?
 
笑顔が溢れる街は、希望に満ちている。
 
街に関わる人々が、子どもたちの明日を見守る。そんな温かい雰囲気が根付く街中があったなら。
 

 
先人からのバトンを受け取り、これから生まれ変わろうとしている「考えるパンKOPPE」。彼らのお店が産声をあげる日は、街中の新たな暮らし方が始まる第一歩かもしれません。
 
時代を繋いできた街の歴史で、まだまだ”ひよっこ”な家族の物語。この街の「希望」を、皆さんの温かい心で見守って頂けたらと思います。
 

 
閑散とした街中の、シャッターに閉ざされた壁の内側に足を踏み入れると、そこには「希望」が残されていました。先人たちの思いを受け継いで、今を生きる私たちに何が出来るのか?どう生かしていくのか?常に問われているように思います。
 
次の世代と明日へ向かって、私たちは「考える」ことを止めません。

過去と未来が交差する街で。

この街が持つ魅力のひとつとして、氷見を訪れたことある人が、「また氷見へ行きたい。」と思ってくれることではないでしょうか?
 
それが何故か?問われると、この曖昧な魅力はあまりにも言語化するのに難しく。それでも、”外”から訪れた人々の琴線に触れる「何か」が、氷見で暮らす私たちの生活の中に隠れているように感じます。
 

 
暦も9月に入った最初の週末。台風の影響でしょうか、この日の氷見は30℃以上を記録し、真夏の暑さが舞い戻って来ました。そんなある日のこと、今年の冬、ふるさとワーキングホリデースタッフとして活躍した三戸さんが、再び氷見へ遊びに来てくれました。
 
今回の記事では、彼女自身も写真が撮るのが好きとのことで、氷見の”撮影スポット”を一緒に巡った様子をお伝えして行きたいと思います。
 

 
九殿浜展望台
 
市内から車で約20分。海岸線をドライブしながら七尾方面へ向かうと辿り着くのが、「九殿浜展望台」。ここからの景色は、氷見の地形ならではの”特権”があるのです。
 

 

 
立山連峰の真正面に位置するこの場所は、氷見市内でも屈指の”絶景ポイント”ではないでしょうか?
 
富山県・上市町出身の筆者にとって、”海越しの立山連峰”はとても新鮮で、実家から見ていた山並みは、手が届くような距離に佇む身近な存在でした。ただ氷見へ来て、この場所を知り訪れると「本当に遠くへ来たのだなあ」と感慨深くなります。
 
下の写真は、実家の側から手持ち撮影した時のもの。秋から冬へと季節が変わる頃、紅葉と雪化粧な剣岳との共演です。
 

 
ちなみに、今年の春先に訪れた時の光景がこちら。真白な立山連峰を富山湾越しで拝めることが出来るのは、氷見で暮らす人々にとってご褒美のような景色です。
 

 
さらに、お花見やピクニックにも是非おすすめしたいスポット。例えば、市内のパン屋さんで出来立てのパンやサンドイッチを買って、穏やかな海を眺めながらランチタイムなんてことも素敵ですよね。
 

 

 

 
余談ですが、過去記事:移り住むこと。のサムネイルに使用したこの写真は、九殿浜展望台から海側へ歩いて下りた時に出会った風景です。海があり里山があって、自然の中に私たちの生活がある。そんな情景が浮かぶように撮り下ろしました。
 

 
阿尾城址
 

 

 
九殿浜から市内へ戻る道中に立ち寄ったのが「阿尾城址」。
 
関連記事:氷見にかつて存在した阿尾城
 
本丸へと向かう一本道以外は、四方海に囲まれた自然の要塞。伝えられたところによると、廃城に至るまで一度も攻め落とされたことが無く、まさに地の利を活かした山城と言えるでしょう。また、越中と能登を繋ぐ交通の要所として、氷見・阿尾城が重要な役割を担ったのは想像に難くありません。
 
戦国の乱世、佐々成政と前田利家・利益(慶次郎)などの名だたる武将が、この地の覇権を争った背景を知ると、400年以上の月日が経ち今や神社のみとなった城址も、一度訪れてみる価値はありそうです。
 

 
山側から眺める氷見の街並みも好きですが、海側から眺める光景もそれ以上に親しみを感じます。太陽の日差しが穏やかな波に反射し、きらきらと光る風景は、透き通る青空の下、私たちの街の様相を輝かせてくれるようです。
 
様々な角度から街を眺めてみる。写真を撮る人にとっても、街で暮らして生きる人々にとっても、大切なポイントのひとつではないでしょうか?
 

 

 

 
確かに、「映え」な光景や「エモい」情景はこの街には無いかもしれません。それでも、日々の暮らしと真摯に向き合い、人々との出会いを大切にし、今私たちが目撃している”現在”に至るまでの歴史や経緯を顧みると、平凡な日常にも新しい視野が広がる気がします。
 
氷見の自然は、そんな私たちに「明日を生きる勇気」をもたらす情景を与えてくるのです。
 

 
ひと言で氷見の街をどう表現しますか?と聞かれると、筆者は迷わずこう答えるでしょう。
 
「過去と未来が交差する街」
 
街の歴史や背景に触れた人々が、過去に宿る記憶や想いを受け継いで、未来を創造する。実際に、氷見で暮らす人々と関わると、そんな想いや願いを抱いている方々が沢山おられることに気づかされます。彼らは、全く新しい事を起こすのではなく、既にあるモノやコトを現代に寄り添うような形でリノベーションしている。人一倍もがきながら、より良い明日に向かって、今を生きているのです。
 

 
この記事の冒頭で触れた、「また氷見を訪れたい。」と思う所以は、氷見で頑張る人々の心意気が、確実に届いているからではないでしょうか?
 
今日も沢山の人々が氷見を訪れて、彼らの住む街へ帰路に就く。その限られた時間の中で、「また氷見へ行きたい。」と思って頂ける瞬間に出会えることを心から願っています。
 

 
楽しかった時間は過ぎて、別れ際「また氷見に帰って来ます!」と言ってくれた三戸さん。氷見で過ごした時間や記憶を抱いて、これからも逞しく生きて欲しいと願っています。
 
この街と関わりをもつ仲間が、またひとり増えた。それだけでも「幸せ」な出来事だと思いませんか?

【夏の情景:みなとがわのみのいち】

あの暑かった日々も嘘のようで、雨音や鈴虫の歌声を聴きながら今回の原稿を執筆しています。
 
秋の気配も感じられる葉月の頃、皆さんはいかがお過ごしでしょうか?写真家の北条です。
 
今回の記事では、既に遠く昔の記憶のように感じられる令和元年8月11日、氷見市は朝日本町にある歴史的建物(みなとがわ倉庫)で行われたイベント「みなとがわのみのいち」の模様をお伝えして行きます。
 

 

 

 

 
7つの初出店を含む、全22店舗が出店した今回の蚤の市。こだわりのアクセサリーや雑貨を求め、イベント開始直後から長蛇の列が出来ていました。
 

 

 
小さなお子さんをお連れした方々も多く見受けられ、夏空の下、暑さ和らぐかき氷やドリンクを頂いたりと、皆さん思い思いの夏を味わっておられました。
 

 
また今回は、みなとがわ倉庫に流れる独特の雰囲気やイベントに参加された人々の様子を、より鮮明にお伝えしたいという思いから、事前に撮影許可を取って撮影を行っております。
 
この記事をご覧になって、「みなとがわのみのいち」の出店に興味を持って下さったり、ひと味違う氷見の魅力を知って頂いたのなら幸いです。
 

 
こちらは、以前FWHスタッフだった三戸さんの記事でも登場し、氷見市商店街に自身のお店をオープンする(今年11月予定)「考えるパンKOPPE」さん。当日は、ブルーベリーを沢山含んだ「フルーツマフィン」を頂きました。
 
関連記事:「考えるパン koppe」の心のこもったパンと「からしま蚤の市」

 
「今日のベーグルパンは、焼きすぎて(当日の高温による衛生面の関係で)美味しくないです、、。」と話して下さり、素直で優しい性格の方なんだなと感じました。現在は開店準備の為、クラウドファンディングも行っており、専用ページからは、お店を開こうと思ったきっかけや氷見に対する竹添さんの思いが綴られています。
 
少しずつ新しいお店も増えてきた氷見の街中ですが、依然としてひと昔の賑わいを取り戻せていないのが現状だと思います。そんな中、「考えるパンKOPPE」さんのようにお店を構える方が増えることは嬉しい限りです。
 

 
その他、お馴染みのブルーミンさんや、今回初出店となった氷見市在住のガラス造形作家:渡邊彰子さんの素敵な作品など、私ひとりでは紹介しきれない程の「良い物」が、みなとがわ倉庫に集まっていました。
 

 

 

 
【夏の情景:みなとがわのみのいち】
 
透き通る青空と真白な雲が、氷見の夏を演出した1日。
 

 
毎年のように、「今年の夏はもっと楽しめたはず、、。」と心残りがあるけれど、氷見の人々や素敵なモノに出会えた’19年の夏は、心に書き留めておきたい情景の数々でした。
 

 
柔らかな光に心が安らぎ、また訪れたいと思える空間が「みなとがわのみのいち」。素敵なモノが集まる不思議な建物へ、あなたも訪れてみてはいかがでしょうか?