【氷見のひみつのひと②】地元で生きる報道人たち~地域メディア特集~

東京の大学生が氷見で出会った素敵な方々にインタビューするシリーズ【氷見のひみつのひと】。
今回は第二弾!地域メディア特集と題し、普段は氷見の方々を取材している地方紙記者と地元ケーブルテレビのカメラマンの計お二方にお話を聞いてきました!

一人目は地元ケーブルテレビ「能越ケーブルネット」の制作技術部課長・中島英樹さん。同社は平成3年に氷見市で設立された会社が母体となり、現在では氷見市と石川県羽咋市・穴水町・珠洲市でケーブルネットテレビのサービスを提供しています。氷見エリアでは「ひみちゃん9(ナイン)」というチャンネルで一日分の番組を編成し、基本的には毎日同じ編成で放映されています。

同社が特徴的なのは地元からの依頼を積極的に受け入れて取材をしていること。市役所からも次々にFAXが送られてくるほか、個人から依頼されて話を聞きに行くこともあるそうです。幼稚園の元園長先生からもよく取材の依頼が来るのだとか。
また「北日本新聞」のニュースを伝える番組を用意しているほか、「富山新聞」氷見総支局長をスタジオに招いて時事や市政について解説してもらうレギュラー番組があるなど、地元の新聞社さんとの繋がりも深いです。

最近印象的だったエピソードは新型コロナウイルスの影響で開催中止になった第15回春の全国中学生選手権大会(通称春中ハンド)の一件。開催中止が2月28日(土)に決まり、1週間ごとで用意していた番組の中には「ハンド出場学生を激励!」というような内容も。中島さんは当初内容を変えるか迷ったそうですが、視聴者から学生たちを気遣う電話を受けたことで気持ちを切り替え、一日で該当する箇所を差し替えたそうです。
「普段から一本でも視聴者からの電話があれば極力対応します。それが地元の強みだと思うので」と中島さんは言います。

中島さんは大学卒業後に映像技術の専門学校で学び直し、その後は千葉・愛知などのケーブルテレビで経験を積んできました。取材する上で大変なのが基本的に一つの番組を一人で担当するため、取材に一人で行かなければいけないこと。イベントの際は一台のカメラを定点で置き、もう一台を手で持って動くなどの工夫をしているそうです。「本当は他の地方テレビみたいに二人組の方がお互い学び合えていいけど、氷見みたいに自分の裁量で番組を作れる環境も気に入っています」と話します。専門学校卒業後は映画製作などに関わることもできましたが、『氷見のケーブルテレビ』という今の環境の居心地が良く、今でも仕事を続けられているそうです。

実は「能越ケーブルネット」を主導し、中島さんも深くかかわっていた富山県内の各放送局が協力して作った作品が「日本ケーブルTVアワード」という全国のケーブルテレビが軒を連ねる大会で、2020年2月に今年度のグランプリに選ばれたのだそうです!
今後は氷見の名士・浅野総一郎や剣豪の斎藤弥九郎などこれまであまり製作が出来ていなかったドキュメンタリーの分野で取り上げていきたいと言います。


過去の番組を記録した貴重な資料を特別に見せていただくことができました

一見クールな中島さんですが、言葉の端々から報道や「伝えること」への思いがにじみ出ていました。これからも素敵な番組を作ってくれることを期待しています!

さて、二人目は「富山新聞」氷見総支局長の水上良さんです!

鋭い眼力にきびきびとした話し方、まさに「ザ・報道人」という風貌です。
元は富山県の城端(じょうはな)という場所で生まれ育ちましたが、関西の大学で法学を学ぶうちに自然と政治や法律のことに関心が向き、「地元で記者になりたい」との想いから富山新聞社に入社、30年以上地域の報道に携わってきました。

ここで富山県内の地方紙の状況について少しまとめておきます。現在富山県では富山市に拠点を置き、富山全域をカバーする「北日本新聞」と石川県金沢市に本社を持つ北國新聞社を母体に石川・富山をカバーする「富山新聞」が二大勢力としてしのぎを削っています。富山県内での購読者の割合はそれぞれ4:1ほど。しかし後述する理由により、氷見での購読の割合はちょうど1:1ほどなのだとか。

水上さんが語る地方紙の魅力はずばり「記者の裁量を最大限に発揮できること」。地方の支局では人数も限られているため、個人個人の裁量で取材内容を扱うことが求められます。
例えば行政や政治に関心のある水上さんですが、市の予算案が決まる時期に毎年予算案での争点について大きく取り上げた記事を書き続けていると、次第に他の地方紙も良く取り上げるようになった、ということもあったそうです。
ケーブルネット同様、地方紙では地元の人々や会社から取材の依頼を受けることが多くあると言います。取り上げてもらう先を探す氷見の方が最後の砦としているのは多くの場合「富山新聞」。一つ一つを小さく記事で取り上げるうちに膨大な分量になってしまうこともしばしばあるそうですが、こうして地元との縁を大切にする報道を続けていたことで「富山新聞」が氷見の中で一定の読者層を獲得してきたことに繋がっています。

北陸内で様々な支局を渡り歩いてきた水上さんによれば、「氷見はネタがたくさんある街だと感じる」とのこと。海越しの立山連峰や季節ごとの絶景を始め、氷見は掘れば掘るほど魅力があるように思えるそうです。
「自分は氷見が好きだから、いつまでも現場で取材を続けたい」と語る水上さん。ハードな記者という仕事にあって、地元へ貢献したいという一心で仕事を続けてこられた姿勢に心を打たれました。

これからも芯の通った水上さんらしい記事が読めるのを楽しみにしています!

皆さんも明日から身近な地方紙・ローカルテレビなどの地域メディアに改めて注目してみては?きっと作り手の想いや記者の人間味がどこかに感じられるはずです!

*    *     *
 
そして、今回が最後の記事となりますので、ここからはこの12日間で考えたことや感じた様々なこと、たとえば「氷見の雰囲気」「世界について」「移住」などなど…について、徒然なるままに言葉にしてみようと思います。
少し長くなるかもしれませんが、最後までお付き合いいただけると幸いです。

「氷見の雰囲気」について

私が氷見にきてから感じる街の空気というのは、最初に氷見駅に降り立った瞬間も終わりを迎えようとしている今もあまり変わりません。

その土地の気候や風土というのは滅多なことで変わるものではないし、「空気」や「雰囲気」というものは、そこで過ごしてきた人々の在り方が長い年月をかけて空気に染み込んでいくものだと自分は考えています。

氷見に来てから、北陸特有のどんよりした気候に気分がふさがることもあったし、例年より随分ましだと言われても、身に染みる夜の寒さがやはり嫌になる日もありました。

ですが人間に対してだって同じように、「捉え方」は変わるし、深まるものであると思うんです。モヤモヤする所がいくつかあっても、たった一つの突破口から印象ががらりと変わることがあります。

私の場合、それは空でした。

「みらいエンジン」でも過去多くの方が氷見の風景について書かれていますが、普段曇りがちな天気が続くだけに、晴れたときの氷見の青空は本当に綺麗です。

しんと透き通った空気に、快晴のもと海越しに見える立山連峰。
その風景を眺めながら海岸沿いの道を自転車で走り抜けていると、何だか日頃の悩みも全部全部飛び去っていくようでした。

氷見の空気は、あえて言葉にするならば「少し気難しいけれど、優しくて愛おしい」感じ。もちろんこれは完全なる主観ですが、私にとって大事な、また訪れたい場所であることに変わりはありません。

「移住」について

「移住」というものに対して、正直まだ学生である自分にはリアリティを持って感じられる話ではないし、きっとこれからもしばらくはそんな状態が続いていくことでしょう。

もっといろいろなものを掴んで、勉強して、たくさんのものと巡り合う中で立ち位置を見つけて、「自分という人間」を作り上げていかなくてはいけないと思うし、一度は広い世界を見なくてはいけないと思うのです。

でももし、そうして何年も過ぎて、人生に疲れてしまったとき、死にたくなるほど嫌なことがあった時、もしくは新しい一歩を踏み出したくなった時、きっと「氷見」は優しく受け入れてくれると私は感じています。

都会に住み続けている人からすれば、「移住」というのは本当に、本当に、すごく勇気のいることなのではないかと思います。

でも「田舎で暮らすこと」は本当に別の世界の話なのでしょうか。
それは決して逃げじゃないし、違う世界の話でもない。あくまで、どこで生きるのかを選ぶライフスタイルの選択の一つではないかと自分は思うのです。

とはいっても、世界は別にここしかないわけではないし、氷見に来たら最後、ここに骨を埋めなければいけない、というわけでもないのだと思います。

ただ一つ、その人にとって数あるうちの「ふるさと」に氷見がなったら嬉しいなと自分は考えています。

大人になってから新しい土地に来る人は特に、「その町の人とどれだけ出会えるか」「その町をどれだけ好きになれるか」を通して、自分のいる場所にどれだけ意味や価値を感じ、その土地がどれほど自分の心休まる居場所だと思えるようになるかが大切なのではないかと思います。

今回私たちワーホリ生のお世話をしてくれた『みらいエンジン』の藤田さんも、元は都会で働いていましたが、大企業に所属してお金を稼ぐという「自分のためだけにしか生きようがない」日々が無性に空しくなったのだといいます。
「でも、ここでなら、自分が頑張ることで自分の身の周りの環境がちょっと良くなる。地域のみんなにハッピーになってもらえて、それでお金がもらえる。それは、会社勤めをしていた自分からするとすごく素敵なこと」…と、ある時ラーメンを食べながら藤田さんがぽつりと語っていた言葉が印象に残っています。

「すぐに移住しなければ」とか、そういう話ではないけれど。
でも、「こういう世界もある」「こういう場所もある」と知って、心の引き出しを増やしておくこと。それはきっと案外すごく大切なことで、ふとした瞬間に救いとなり得るのかもしれません。

END
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…とりとめのない文字の海を最後までお読みいただき、ほんとうに感謝しています。

あいまい過ぎ!とか、1回目の記事とテンション変わり過ぎじゃね?とか、色々なご指摘がありましょうが、あれらもこれらも全てすべて、田矢が伝えたかった氷見の姿なのでございます。

最後になりましたが、今回このような機会を与えてくれた『みらいエンジン』さん、並びに素敵な出会いをくれた氷見の皆さんに心からお礼を言いたいです。

それでは、キトキトな氷見でまた皆さんと会えることを願って!

里山でも何処でも、遊びの最たるは、自分でやってみること

居間・板張り完成

氷見の里山、久目地区(触坂)より、こんにちは。

谷あいの集落での暮らしぶりを、ということで、前回は、拙宅居間の「板間への更新作業・下地づくり」をお届けしましたが、今回は、その仕上げとなる「床板張り」について。

上の写真は、居間の整備が完成した図です。セイタカアワダチソウが吊るしてありますが、気にしないでください。湯にでも入れようと思って乾かしていました(笑)。

床板材を準備

さて、根太(床板を支えるための横木のこと)を通し、その間に断熱用の籾殻くん炭を敷き詰め終わったので、いよいよ、次は床板を張っていく作業に入ります。

さね加工が施され、厚さもぴしっと整えられた床板は高価なので、今回は、久目地区の先輩移住者・サントスさんに材を分けてもらいました。それだけでなく、作業全般にわたって、様々、サポートしてもらいました。色んなことを教わりました。こうした先輩が居てくれるというのは、何より心強いことです。サントスさん、多謝。

作業場は庭先

庭先が作業所です。

サントスさんとウーファーさん

サントスさんの元に来ていたウーファーさん(農やオーガニックライフを体験して回る旅人さん)にも手伝ってもらいました。

丸ノコ

まず、材の端を、サイズに合わせて切っていきます。

板を並べる

材のサイズ切りがある程度できたら、今度は居間に移動し、試みに板を並べてみます。

板材20mm

材の厚さは、大体20mm。でも、ちょっと誤差あり。歪みもあり。サイズ切りをしても、ぴしっとははまりません。

鉋がけ

ということで、板を一枚一枚、整えていきます。長さもそうですが、表面も。鉋(かんな)をざっとかけ、板表のケバを削いでいきます。そのあとは、電動サンダーでさらに滑らかに。

ヤスリ済みの材

やすると、ぐっと綺麗になります。

材の端を微調整

さらに、微調整。

誤差は叩く

わずかな誤差は、叩けば収まる。そんなことも学びました。

板材整列

で、なんとなく収まりました。

ビス打ち

こんな具合に、できるだけ、がたぴしを無くすよう努めました。さね加工が施された床板ではないので、上からぎゅんとビス打ち。

インパクトなど

そして、一部、床板の下が見える窓を作ろう、と。というのも、せっかく床下に断熱用くん炭を敷き詰めたものですから、遊びに来てくれた朋らに見てもらえたらな、なんて。

インパクトで床材に穴を開け、その穴から挽廻し鋸を差し込んで、アクリル板を入れるフレームで切り取り、細かいところはノミを使って加工するといった寸法です。

板に窓枠加工1

こんな感じで、フレームをくり抜いて。

板に窓枠加工2

ノミで地道にコンコンと削っていき、アクリル板を載せる加工も完了。

アクリル板

そして、いざアクリル板を入れようという段になって、こはいかに。夏場、外にアクリル板を放置していたら、熱で曲がっちゃいました。やむなし。もう一枚、購入です。曲がったアクリル板の活用方法も考えなくっちゃ。

アクリル板破損1

実は、それ以外にも、アクリル板まわりで失敗しておりました。窓のサイズに加工しようと思って、卓上丸ノコで裁断を試みたら、ばぎゃぎゃぎゃという破裂音と共に、切断面が一部破砕。あいや。そりゃそうか。

アクリル板破損2

写真のカッターでもうまく切れず、やはり、アクリルカッターでないと、うまく裁断できないことがわかりました。この世に、なぜアクリルカッターというものが存在するのか─。小生、この歳にして、そのことの意味が、漸く腑に落ちました。

窓枠間完了

さあ、いよいよ、アクリル板をはめて、ビス打ち。そんな段になっても、もうひとつ些細なミステイク。普通のコーススレッドで打ったら、めきゃっとヒビが入っちゃったんです(右上に若干の亀裂あり)。かなし。やっぱり、スリムビスでないと割れが入るんですね。やること為すこと、初体験。愉快です。

蜜蝋ワックス1

さて、板も張り終わった。窓も付け遂せた。ということで、次はミツロウワックスを塗っていきます。

蜜蝋ワックス2

塗って、乾拭きして、の繰り返し。木目が強調されて、良い具合です。

蜜蝋ワックス3

全部塗ってみると、こんなに木目があったかしらんと驚きます。

戸袋ベンガラ

居間の戸袋。その天辺のベンガラが剥がれていたので、これにも手を加えることにしました。

戸袋蜜蝋ワックス

サンダーでベンガラを剥がし、その後、一つ覚えのミツロウワックス。綺麗になりました。

絨毯や家具

絨毯も調達して、電子ピアノ、譜面台なども置いてみました。まあ、何となくです。

床の間

床の間もそれっぽく。掛け軸も花瓶も、頂き物です。

これにて、拙宅の居間も、ようよう、人が息を吸える空間になってきました。この居間を皮切りに、1階の各部屋、2階へと整備の触手を伸ばしていきたいと思っています。

その手始めに、どういった心の動きからか、障子をカラフルにしてみようと思い立ち、最近、坊主部屋の破れた障子の張り替えをしてみました。

坊主部屋と云うのは、法事などで家に招いた坊さまに、ゆるりと待機してもらうため”だけ”に設えられた小さな一室のことで、富山のむかし造りの家でよく見られます(他の県でもあるのかしらん?)。

違い棚なんかもあったりして、そこは、なかなかに凝った造作であることが多いようです。そんな瀟洒な空間に、カラー障子。狙いすぎの感が否めませんが、まあ良いのです。

障子リメイク1

障子紙のカットは、チキチキと刃が出るカッターよりも、丸刃カッターの方が断然にやりやすかったです。

障子リメイク2

新しく貼った白い障子紙の、一部フレームを切り抜いていきます。

障子リメイク3

で、五箇山のカラフル和紙を用いて、こんな感じに悪戯を施してみたというわけです。地域の先輩からは、「モン ドリ アーン(エイドリアン的な発声にて)」という評をいただきました。抽象画家のピエト・モンドリアンっぽいということで。

小生のイメージは、「乱歩の小説に出てきそうな古い木造の下宿屋二階、その廊下先にある色硝子」だったのですが。まあ、似たようなものですかね。

障子リメイク4

外から見ると、必要以上にファンシーな印象で、些かくすぐったさを覚えます。これも、やむなし。

さて、こちょこちょと家の整備を進めてはいるのですが、里山暮らしもなかなかに忙しいもので(なにせ、生活それ自体が、仕事であり、遊びであるのだから)、正直、行き届かないところも多いです。

それでも、徒らに心を急かすことなく、着実に自らの手足を動かして前に進んでいこうと、そんな心算でおります。自分でやってみることこそ、最高の遊び、最高の贅沢です。

そして、拙宅の環境整備がひと段落した暁には(ひと段落する前でも良いのだけれど)、

─愛すべき朋だちを招待し、一緒に鍋など突きたい。

─そして、文学やら音楽やら、なんだったら、政治や哲学のような込み入った話やらも、面白おかしく交わしたい。管を巻きたい。夢を見たい。

─1階スペースをこれから頑張って片付けるので、訪ねて来て呉れた朋だちに泊まって貰いたい。帰ると云っても、強引に引き止めて一宿二宿させたい。

─そこから、継続的で楽しい何らかを企てたい。

民泊なんぞもやるかも知れません。でも、現状、力も知恵も足りません。皆さん、様々、アドバイスやアイデアなど、頂戴。会いたい朋らが、たくさんおります。

自分でやってみるのも最高だけれど、みんなでやってみるのは、きっともっとおもしろかろ。

 

よたろ、拝。

【氷見のひみつのひと①】日本に数名だけ!?木造和船の継承者

みなさんこんにちは!
今回からは2回に分けて【氷見のひみつのひと】と題して東京の大学生である私が氷見で出会った素敵な方々にインタビューした内容をまとめていきたいと思います!

第一弾は、こちらの笑顔が素敵な74歳現役船大工「番匠FRP造船」の番匠光昭さんにお話を伺ってきました~!

ところで皆さん、1回目の記事で市立博物館を訪れたとき、館内に数多くの木造和船が展示されていたのを覚えていますか?

こうした船も番匠さんが市の学芸員さんなどから依頼を受け、修繕や作成をしたものです。

元をたどれば、縄文時代の丸木舟からおよそ7500年以上続いてきた日本の木造和船の歴史。各地で多くの和船が作られてきましたが、氷見のような日本海側の地域では太平洋側の地域と異なった「オモキ造り」と呼ばれる造船技術が育まれました。
船の種類については、以前にも記事で紹介しています。よろしければ「氷見の木造和船の話」をご覧ください。

木造和船造りが衰退する以前は木材を切り出す山のきこり・接着剤となる漆を扱う職人さん・のこぎりを扱う船釘を造る職人など地元の職人同士が繋がり、様々な人が協力しながら船を作っていたそう。

しかし現在主流の「FRP(ガラス繊維強化プラスチック)」製のFRP船を作る際は「問屋から材料を下ろして、造船所で船を造る」という単純な構図にならざるを得ないそうです。しかも、和船よりも格段に長持ちするため頻繁に修理をする必要がなく、FRP船が台頭してから船大工さん達は次々と職を失っていったそうです。「いやぁ進化したのか退化したのか分からんねえ」と番匠さんはからっとした笑顔で笑います。

自身もFRP船を中心に作っていた時期があるそうなのですが、化学製品独特の匂いよりも木の香りに包まれながら作業する方がやはり好きなのだとか。木材も氷見産の杉やあすなろを多く使うため、造る際に地元と一体になっていると感じるのがとても気持ちが良いそうです。


にこやかに船の説明をしてくれる番匠さん


造り始めたばかりの船。土台となる木の板を切り出しています

ここ最近で一番印象的だった仕事としては、とある映画の撮影に参加したことだそう。

セットで使うために貸し出された和船を工房から現場まで運んだそうなのですが、スタントとして呼ばれた川の渡し舟の船頭たちが海の荒波での撮影に全く対応できていなかったため、監督の計らいであれよあれよと言う間に番匠さん自身が船頭役の服を着せられて撮影が始まり、結局映画の中に登場することになったとか。

「たまげたけど、主演女優の子を間近で眺められたからオッケーだね」とニカっと笑う番匠さん。思わず爆笑してしまいました。

ですが、それほど海で木造の船を乗りこなすのは難しいことなのだそうです。実際に沖へ出るのであれば空や風、星を正確に読む技術も必要となっていきます。


作業場の風景

また、1隻の木造和船を造るのに通常は木の乾燥を含めて1年ほどの時間を掛かるそう。現在は1年後までに計3隻の依頼が入っており、今年はかなり大忙しの年にになりそうだとのことです。
ちなみに1隻は名門・開成学園の伝統ある水泳部から。OBさんが海で日本泳法などの指導をする際に使用するそうです。10年前にも同部から依頼があり、その完成度に大満足したOBさんを中心に再び依頼を受けたのだとか。

そして残りの2隻の依頼は長崎県の五島列島から。「1年で3隻を一人で作るのはさすがに無理がよ」と番匠さんが伝えると、「それなら知り合いで見込みのある職人を弟子として行かせるから、二人で頑張ってくれ」と依頼者の方に言われ、引き受けることにしたそうです。

そんなこんなで今年の3月、つまりつい先日番匠さんの下にやってきたのがこちらで懸命に作業をしている須藤聖一さん。

高校で木工建築を学んだ後は京都でのこぎりの「目立て」の職人を10年ほど続けていましたが、今回の話を良いきっかけに氷見へ来ることを決めたそうです。
出身の札幌にほど近い石狩や小樽の日本海を見慣れていたため、氷見の風景にも親近感が湧くそう。番匠さんを「親方」と呼び、早くも師弟の絆が築かれつつあります。

目立て用の作業スペースを番匠さんの工房の一角に作ったとのことだったので、せっかくなので見せてもらうことに。

「目立て」職人の仕事はのこぎりの切れ味を蘇らせること。最盛期には素人には修復不能になったのこぎりが次々と持ち込まれていたそうです。

しかし、最近では使い捨てのこぎりが普及するにつれて活躍の場が減ってしまいました。須藤さん自身すら「いずれこの職業が無くなるのは目に見えている」と客観視するほど現状は厳しいですが、「それでも少しでも僕たちのことを頼りにしてくれる人がいるなら、最後まで自分たちは頑張りたい」とまっすぐな目で話してくれました。

昔から木造の船を作る船大工さんは自分の大工道具を自分で手入れし、また目立ての職人さんも切れ味を確かめるために木材を試し切りで扱ってきました。「のこぎりの修理」と「造船」。まったく別物に思える技術にも、実は少なからず繋がりがあります。

どちらも絶滅危惧種と称されるほど今や希少な技術ですが、「僕のように誰か一人でも繋いでいく人が必要だと思うし、時間をかけて出来ることを少しでも増やしていきたい」と話す須藤さん。

若い世代が減る一方の職人の世界では本当に頼もしい存在なのではないでしょうか。「身に付ける技術に天井はありませんから」と笑って話す横顔がとても爽やかでした。


のこぎりを手に「目立て」の仕事について語ってくれる須藤さん。

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趣のある薪ストーブ

ここで少し休息。船の廃材を利用した薪ストーブで沸かしたコーヒーをいただきました。


おちゃめな番匠さんとティータイム。

お茶を飲みながら、番匠さんが色々な話をしてくれます。一番印象に残ったのはご自身の過去についての話です。

番匠さんは元々栃木生まれ。親戚の家に養子に出されて以来、氷見で育ちました。

15歳で船大工だった父親に弟子入りするも7年後に大喧嘩。家を飛び出し、そのまま福井の造船所で3年間働いていたこともあります。父親に呼び戻されて再び働いたものの、数年後にまたもや意見が対立して大喧嘩。

この時は氷見市内に自分の工場を立てたことでひとまず事が収まりましたが、しばらくすると60歳近くになっていた父親が病気を患い、船を作り続けることが困難になりました。

とうとうもう何日も生きられないとなった時…「今度大きい船の依頼が入ったんだが、親父の工場を使っていいかい」と番匠さんが尋ねると、父親からは「ああ、自由に使ってくれ」との返答が。

―死の間際に、ようやく親子は和解することが出来たのでした。

番匠さんが74歳になった今も使う工房はまさに父親が使っていた場所そのもの。父親の死後移転することなく40年以上使い続け、多少の増改築を重ねながら現在の「番匠FRP造船」に至っています。


52年間の職人人生を振り返り、お父さんとの思い出を語ってくれました


昔から変わらずこの場所にある番匠家の工房。

不覚にもこの田矢、このお話を聞いた時にはさすがにうるっと来てしまいました。普段何気なく目の前を通っていた建物にそんな過去があったなんて…

そんな番匠さんに今後の夢を聞くと、「早く隠居したい」とのお答えが。えーこういう時は『一生現役』とかじゃないんですかと言うと、「だって疲れるんだもん (笑)」とお茶目に笑った番匠さん。いやー最近は次の依頼でやめようと思ったらまた次の依頼が来るのよーと心なしか嬉しそうに嘆いています。「でも、須藤くんみたいに若い人に教えるべきことはすべて教えたいね。それがきっと自分のやるべきことだから」と目をしっかりと見据えて話す様子からするに、番匠さんが現場を離れる日はまだまだ先の話のようです。


須藤さんの作業を見守る番匠さん。これからが楽しみです

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番匠さんがつくったテンマ船は年に一回、湊川沿いの桜並木が満開に咲くころに開かれるお花見の遊覧イベントに利用されます。
船に乗りながらお花見が出来るなんて、なかなか雅なコラボではないでしょうか?ちなみに私が工房を訪れた際に番匠さんが作っていた船もこのテンマ船でした。
今年の開催は4月11日、12日。
詳細が分かり次第またリンクを張ります。今後の情報も要チェックですね。

歴史と世代を越えて番匠さんたち船大工の想いが一心に詰まった「氷見の木造和船」。氷見に来た際にはぜひ一度実物を見ていってほしいと思います!

(参考文献)
氷見市立博物館「特別展 ドブネ復元-日本海沿岸の船づくり-」2019年

信念と、改革と。町のお豆腐やさん

町の豆腐店と聞いて思い浮かべるのは、水の張られた容器から丁寧に豆腐を掬う職人の手と、蒸された大豆の湯気。
しかし最近のお豆腐屋さんはどうやら、サラダやデザートまであるらしい。

見習い相談員の岸本です。
氷見市の中心市街地に位置する商店街の中に、「さがのや」さんというお豆腐屋さんがあります。筆者宅からすぐ近くなので、ずっと気になってはいたのですが、聞けば、どうやら京都の料亭で修業した板前さんがお店を継ぎ、豆腐だけでなくお惣菜やデザートを手掛けているとか。
気になる……!
そんなわけで行ってきました。

かねてより、若いご夫婦が色々なメニューを展開していると聞いて、気になっていたのです。

氷見駅からは徒歩約8分程度。
朝9時半から開店し、商品が売り切れ次第終了との事だったので、早めの時間に行ってみました。

さがのやのご主人に写真撮影をお願いしたところ、照れて恥ずかしがっていらっしゃったので、手元だけ撮らせていただきました。
京都のご出身との事ですが、話していてあまり京都訛りは感じませんね。
氷見に来て10年。身も心も言葉もすっかり氷見人といったところでしょうか?
初めに氷見に来た時の印象を聞くと、「立山が綺麗で感動した」「ブリが美味しかった。塩焼きが本当に美味しい!」と、景色、そして食の豊かさがやはり印象に残ったようです。
他にも、「スーパーの半額シールのお刺身でも美味しい」、「焼き魚の骨付きのはちめ、イシダイが当たり前なことに驚いた」、「赤巻き蒲鉾が何にでも入っているのが不思議だった」、「氷見牛メンチカツが美味しい」など、やはり板前さんだけあって、ついついグルメチェックが捗ったようです。

それでは、氷見の人の印象はどうだったのでしょうか?
ここでご主人の口から飛び出したのは、「氷見の人の「分かったよ」という口癖が素敵だなと思った」という言葉。
筆者、氷見生まれ氷見育ちですが、「分かったよ」という口癖を特に意識したことは無かったので、この言葉にはとっても衝撃でした。
さらに「気さくな人、穏やかな人が多い」と話すご主人も穏やかな笑顔で、住み始めた当初の事を振り返りながら「近所付き合いで色んなことを教えてもらった。聞きやすい、教えてくれる、みんな親切でいじわるな人がいない」と話してくれました。

そんなご主人、料理人から豆腐屋への転身についてはどうでしたかと尋ねると、急に顔つきが職人のそれに変わります。
「豆腐作りは水とにがりのみ。非常に難しい。商売としては、食に関する職業の人だけでなく、色んな界隈の人たちとの繋がりや付き合いを広げて、多種多様なお仕事をいただいている」
穏やかな表情ながら職人の顔を見せるご主人。
言葉の端々に拘りの強さを感じて、豆腐を作る上でのポリシーを尋ねるとと、「自分の欲しいものより相手のニーズ 」というキーワードが出ました。
「自分がやりたいことよりも、相手のリクエストに応える、相手が求めているものを作るようにしている」、「相手が欲しいものに今までの経験を重ねたり、出店するイベントの空気感や雰囲気に合わせ、和食以外のものも作ったりする」という意外なお答え。
筆者としては、職人というものは絶対に己を曲げず、妥協もしない、といったイメージがあったのです。
ところが、次の言葉を聞いて、大納得しました。
「味に繋がらないことはしたくない」
「ヘルシーさだけを求めて味は二の次で終わるのではなく、美味しさの裏側に素材の良さ、成分の割合があるもの。味に繋がってこそ」
そう力説するご主人。奥さんと試行錯誤しながら作り出すさがのやさんの商品は、大豆の割合が上位、おからや豆乳をふんだんに使用した上で、味も大切にしているのだとか。

ここで「良かったら食べてみてください」と、冬季限定の柚子豆腐が登場。
筆者のテンション、今日イチで最高潮。
「いいんですか!?」と言い終わらない内にスプーンを掴み、いただきました。

ふわふわの見た目からは想像もつかない程、豆の味がしっかりとしているのでお醤油が不要です。
胃に優しそうな温かさで、朝ごはんやあまり食欲の無いときにとても良さそう。そう感じました。
ささやかに拡がる柚子の風味に隠れて、味覚の端で微かに主張する唐辛子の気配。
よーく見ると赤い粒が見えます。

もう一点、試食させて頂いたのは、豆腐の味噌漬け。

一口食べて、衝撃。
「豆腐の味噌漬け」というワードからは想像もつかないくらい、イタリアンなお味と食感。
「週末に、ワイン片手に映画を見ながらおつまみにするイメージで、クラッカーとか野菜に付けて食べてもらえたら」と笑顔のご主人。
分かります。すごくよく分かります。
これは白ごはんじゃない。
今すぐクラッカーにディップしたいです。
味の想像がつかない、という方。ぜひご賞味ください。
筆者の数少ないボキャブラリーを総動員しても「クリームチーズみたい」という事しか言えないのですが、クリームチーズよりもカロリーが低く、胃もたれもせず、まさに、「ヘルシーなだけでなく、味に繋がっている」んです!

大興奮のまま、あっという間に時間は過ぎ去ります。
少しの時間でしたが、豆腐に懸ける想いや商品開発を語ってくれたご主人。
お店を出ようと扉を開けると、目の前に広がった商店街の光景に、試食させて頂いた柚子豆腐の優しい香りの記憶が重なります。
先日、からあげ店を取材した時にも感じた事ですが、商店街とお惣菜の香りって、なぜこんなにも相性が良いんでしょうね。

帰り際に、こちらの商品を購入いたしました。

このボリュームが二つ入りで550円!
食卓に優しいお値段……しかも、外側のあげも中に詰められた具材も全て手作りと分かっているので、安心感があります。
生産者の顔が見えるって大切ですね。
さっそく、夕飯のおかずにしました。
真空状態で冷凍してあるので、袋のまま湯煎します。中火で、だいたい6分~10分程度。

袋を開けてお皿に盛るだけという手軽さにどことなく罪悪感。
こんなに楽でいいんだろうか。
そんな気持ちから逃れるため、見本の写真にならってネギを盛ってみました。

巾着の中には、キクラゲと氷見牛とお餅の3種の具材がぎゅうぎゅうに詰め込まれていて、箸を差し入れた場所からほろりと零れそうになるキクラゲや氷見牛に、とろとろに溶けたお餅が良い具合に絡んで引き留めます。
あっさりとしているのに、しつこすぎない絶妙なしっかりとした味付け。
上品な口当たりの和風出汁と、罪悪感から添えたネギの歯ごたえがアクセントになって、完食するまでの間に「これが一つ275円だなんて信じられない」を何度言ったか分かりません。
美味しいものを食べ終わった後の、食事に対する満足度が凄かったです。
使う素材選びにも、組み合わせや味のバランスにも、お皿に盛りつけた時の見た目も、全ての工程にご主人のこだわりが息づいているのを感じて、「味に繋がらないことはしたくない」「全ての商品に思い入れがあり自信作」の言葉の意味が分かりました。
インタビューの最中にご主人は「自分は天才タイプじゃない」と仰っていましたが、この味、触感や見た目のバランスはご主人のひたむきな努力や想いの結晶の内のひとつであると確信しました。
そして、こんな風に商品ひとつひとつに想いや信念、こだわりを込めて商売をしている方が、この商店街にはまだまだいらっしゃるのかもしれない、とも。

「さがのや」さん、そして筆者宅のある氷見商店街は、筆者が幼い頃は活気にあふれていて、八百屋の店先には新鮮な野菜が並び、魚屋のショーケースには朝どれの魚や、透明感のある刺身や焼き魚が並び、精肉店からは揚げたてのコロッケの匂いが行き交う人の空腹をつついて誘うように漂っていました。
人の数、ではなく、笑顔や声や足音、そういった『人のぬくもり』がそこにありました。
その記憶も徐々に色あせつつあって、寂しくもあり、時代の流れと共にそれも仕方のない事だと思う気持ちもありましたが、こうして商店街を歩いてお店に入り、作り手から直接商品を受け取ると、人のぬくもりが確かにここに存在している事を感じました。

 

さがのや/(有)坂津豆富店

◇ 定 休 日: 日祝
◇ 営業時間:(月~金)9:30~17:30 (商品なくなり次第終了)
(土)  前日までのご注文のみ受取可

◇ 住  所: 富山県氷見市本町9-4
◇ 電話/FAX: 0766-72-0575
◇ Facebook: @saganoyatofu

おお朋だちよ─、今こそ氷見の里山で、農民に、百姓になろう

富山県の氷見市と云うと、魚食文化の街といった印象が強かろうと思いますが、市の面積の大半は山林地です。低い山の谷あいに集落が形成されていて、その中のひとつに久目地区・触坂があります。

触坂地区は、さらに「側(がわ)」と呼ばれる小単位に分けられていて、小生が移住したのは清水側。普通に「しみずがわ」と云っても通じますが、在郷の人らは「しょいで」と発音することもあり、県外出身者の小生の耳を、小気味よくざわつかせてくれます。

2018年の夏。そのような集落に、里山暮らしの先輩方が居ることを恃みとして、妻とふたりでぽんと移り住んできた小生ではありますが…、引っ越し先の家が、なんとも大きいのです(氷見の人の感覚で云うと、特段、大きな家には当たらないのかもしれませんが)。

いざ、この大きな家を前にしてみると、さてまあ、何から手を付けたらよいのやらと、しばし途方に暮れました。

都市部に仮寓していたころは狭いアパート暮らしが長かったもので、氷見の山間部にある家々(街中にある家もだけれど)は、小生にとっては如何にも巨大に映ります。物理的にボリュームがあるということは何と云ってもひとつの価値なのだ、むべなるかな、と、ひとり得心してしまうほどに。

触坂の夜空

ちなみに、晴れの日の夜には、こんな具合で満天の星空を愉しむことができます。こういった空の広さにも、物理的なボリュームの価値を感じます。いやあ、巨きいなあ、と。

夏野菜の畝

庭もあります。そこには、簡単な菜園スペースを設けました。

夏野菜の収穫

ガレガレの土で、環境を整えるに少しく苦労しましたが、何とか収穫まで漕ぎ着けました。いずれその話をする機会もありましょうか。ともあれ、今回は家の中のお話を。

居間の畳剥がし

移住1年目の夏の終わり、ふと、居間でも改めてみんと思い立ちました。畳を板間にし、砂壁を白漆喰の壁にしようという企てです。

白漆喰

元の壁は砂壁で、暗い黄土色をしていました。触るとほろほろと砂つぶが落剥する、アレです。その壁を、白漆喰で塗り直そうと云うわけです。

下地が滲んで失敗

ところが、小生の人生の中で、壁塗りに時間を割くなんてのは、初めてのこと。というか、いわゆるDIY的なことなんて、殆ど経験がありませんでした。経験のなさは、時として、頓珍漢な蛮行を誘発するものなのですね。

無分別にも、下地の砂を落とさずに塗り始めてしまったのです(今思えば、無分別、無思慮にも程がある。我ながら、呵々と大笑するばかりです)。結果、白漆喰が固まった後から、じんわりと下地の黄色が出てきてしまいました。

これは、しっかりと、下地の砂を落とさなければいけん。ということで、スクレーパー(ヘラのようなもんです)で、敢然、砂剥がしにかかります。霧吹きで砂壁に水分を含ませてやると、ぺりりっと簡単に剥がせます。快感。

はじめから、この作業をしておくべきでした。阿呆だなあ、小生。とはいえ、自嘲はよくない。そんなとき、自身を優しく慰める言葉は…、

日む無し

日む無し。あ、間違えた。

田む無し

田む無し。あ、また間違えた。

已む無し

そうそう、已む無し(やむなし)。

失敗しても、「已む無し」と呟けば、大概のことはどうでもよくなります。人類がみな、窮屈な拘泥をポイできますように、なんて。

下地剥がし

遊んだあとは、もちろん、ちゃんとお片づけをいたします。

助っ人の漆喰塗り

仲間たちも遊びにきてくれました。びしゃんびしゃん、ジャッジャッと、勢い良いコテさばきが、大変に潔い。

床の間の漆喰塗り

この床の間の壁も、助っ人の方に塗ってもらったものです。実に丁寧に塗ってもらいました。平らの壁面が光をよく跳ね返し、部屋が明るくなった心地がします。

根太

そんなこんなで、何とか壁の漆喰塗りを終え、次は板張り作業です。まずは、下板の上に新聞紙を敷き(下板と下板の隙間を物理的に埋めるため)、その上に根太(床板を支えるための横木のこと)を通していきます。

そして、冬場の寒さ対策として、根太の間に断熱材を忍ばせておきたいな、しかし、金はかけたくないな。ということで、籾殻くん炭を自作することにしました。

くん炭づくり1

まず、「籾殻」をロハで確保。あとは、「ステンレス くん炭器」と、密閉できる「ドラム缶」を用意して、準備完了です。

くん炭づくり2

くん炭器の中で火を焚いて、周りに籾殻を重ねていきます。

くん炭づくり3

じわじわと、籾殻に熱が回ってきて、黒く炭化していきます。籾殻の一粒一粒が熱をリレーしていくようで、眺めていて実におもしろい。夏場にやると、熱くてかないませんけれど。

くん炭づくり4

灰にならないように気をつけながら、適宜かき混ぜていき、全体が黒くなったら完成です。

くん炭づくり5

そして、出来上がったくん炭を冷ますため、R2-D2みたいなドラム缶へ投入。蓋をして、密閉します。空気を遮断して、燃焼をストップさせるためですね。畑に撒くためのくん炭であれば、ばーっと水をかけて消火すればよいのですが、今回のくん炭は断熱材用だったので、水をかけるわけにもいかなかったという次第です。

出来上がったくん炭

その後、2、3日ほど冷まして、オープン。少しばかり生なものが混ざっていますが、概ね佳しとしました。

実は、くん炭器がない状態で(段ボールで代替しようとしていました)、挑戦しては灰にして、を繰り返していたもので…、兎に角も、無事に出来たので、ほっと肩をなで下ろしました。

根太の間にくん炭1

そうして、自作したくん炭を、根太と根太の間に敷き詰めていきます。

根太の間にくん炭2

こんな感じで、びしーっと、隙間なく。作業していると、もうもうと炭が舞うので、鼻の中が黒ずみます。

根太の間にくん炭3

さて、これにて、板間への更新作業も、いよいよ終盤。この後、床板を張っていくことになります。その話は、また次回にでも。

ご覧の通り、歩みは遅々たり。それでも、氷見の里山にて、手探りや手違いを笑い飛ばしながら、「姓(かばね=仕事=出来ること)」を、一つひとつ増やしていきたいなと思っています。

そうして、賢治の云う「農民」に、生きることのあらゆる仕事ができる「百姓」に、いつかなりたい。

そんな風に、思います。それでは、朋だちのみなさん(まだ見ぬ方々も含めて)、氷見の里山にて、いつかお会いしましょう。

 

ようたろ、頓首。

蕾がひらく頃 <考えるパンKOPPEができるまで>

皆さんこんにちは!写真家の北条です。
 
2020年が始まった!と思えば、月日が過ぎ去るスピードはとても早く、カレンダーは早くも3月終盤に差し掛かっていることに驚かされます。
 
道端の草木は花びらを覗かせ、小鳥の鳴き声も聞こえてきて、いよいよ春がやってきたと実感する瞬間が少しずつ増えてきました。冬と春が行ったり来たりして、少しずつ日常に彩りが戻っていくこの季節は、心が躍りワクワクします。
 
しかしながら、今年の季節の歩みはいつも通りには進まず、今世界中が置かれている状況を顧みると、冬のような日々が続きそうな気がして重苦しい心境になりそうです。
 
それでも、街が明るくなる話題や心が安らぐ風景を、お届け出来たらと想い、筆を執っている次第です。
 
さて今回の記事では、絶賛連載中<考えるパンKOPPEができるまで>の第三弾をお送りします!
 

 
<過去の連載記事>
 
街中の明日を「考える」。
 
街の変化と共に。
 
本題へ行く前に、ふるさとワーキングホリデーで氷見市に滞在された田矢さんの記事でも紹介されたように、いよいよ『考えるパンKOPPE』のプレオープンが決定しました!
 
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<考えるパンKOPPE店舗・プレオープン>
 
住所・富山県氷見市中央町9-10
日時・3/21 (土) 10:00〜17:00より ※毎週水・土曜日営業(水曜日は11:30〜19:00営業)※
 
ー 販売はパンと焼き菓子及びグッズ販売で、イートインスペースを含めたグランドオープンは、5月初旬を予定されているとのこと。 ー
 
プレオープンなどのイベント情報は、『考えるパンKOPPE』のfacebookページからご覧下さい。
 
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待ち遠しかったお店のスタートに先立ち、ここからは筆者が写した日常風景より、『考えるパンKOPPE』2020年の歩みをお届けして行きたいと思います。
 

 
<建築家・能作文徳さんと珪藻土塗りワークショップ>
 
2020年2月11日。店舗設計を担当されている建築家・能作文徳さんが氷見市へ来られ、勤められている大学の学生さんと一緒に珪藻土塗りのワークショップが行われました。
 
時間の都合上、筆者自身は、珪藻土塗り作業をご一緒することは出来ませんでしたが、ほんの少しの間だけ皆さんとのお時間を共有させて頂きました。
 

 

建築家・能作文徳さん

 

 

珪藻土塗りワークショップに参加された皆さんと集合写真

氷見から新高岡駅へ。新幹線で帰京する皆さんをお見送り
 
そして、”カキノ”さんの看板もこれで見納め。ワークショップの数日後には、あの慣れ親しんだ看板は下され、この街の新しい表情がお目見えしました。次に、皆さんが再び氷見の街中へ来られる頃には、『考えるパンKOPPE』の佇まいが、街の様相に馴染んでいることと思います。
 

 

写真提供・考えるパンKOPPE
 
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ここからは、2020年の年始めから前述2月11日までの軌跡を、ご覧下さい。
 
<2020年1月2日時点の店舗>

 

 

 

 

 

 
<2020年1月26日時点の店舗>
工事が進むにつれて、内装が出来上がっていくと共に”モノたち”も集まって来ました。
 

 

 

 

 

 

 

 

 
<2020年2月11日時点の店舗>

『考えるパンKOPPE』のロゴデザインは、グラフィックデザイナーの高森崇史さんが担当されました。

 

 
ここ数ヶ月の間、街を歩きながらお店へ近づいていくにつれて、ひみ里山杉の心安らぐ香りを感じる瞬間が、筆者はとても好きでした。そこに、パンやコーヒーなど、あの心地よい香りも加わると、街中を歩くのがまた楽しくなりそうです。是非、読者の皆さんもこの感覚を味わって欲しいと思います!
 
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蕾がひらく頃。
 
待ちに待った、新しい季節。
 
刻一刻と変化する世の中で期待と不安が交じり合い、最初の一歩を踏み出す勇気が出なくなりそうな感覚になります。
 
けれども、積み重ねてきた時間想いは決して空虚ではなく、あなたの背中を押してくれる手助けになることでしょう。
 

 
笑顔で街中を歩く光景が、もっと沢山に見られる日常が戻ると信じて。
 
新しい季節の訪れを一緒に待ちましょう。

山の中の癒し空間「Cafe 芽衣」

3月。別れの季節でもあり、これから始まる新しいあれこれへの期待に胸を躍らせる季節でもあります。
見習い相談員の岸本です。
市内にある筆者の好きなカフェも、しばらくお休みされていたのですが、この3月から営業を再開したと聞いて、行ってまいりました!

氷見駅付近にある筆者宅から山に向かって車で進む事、約10分。
山の緑に囲まれるようにして、可愛い外観が見えてきました。

車から降りると、肌に染み込む様な澄んだ山の空気に、思わず深呼吸。
これから訪れる春の陽気に、少しだけ冬の名残の冷たさが残っていて、それがなんとも気持ちいい。
筆者の家は海の近くなので、どうしても徒歩でふらっと行ける海岸沿いに行きがちですが、定期的に山の空気も吸いに来ようと決めました。
階段を上がると、お伽噺に出てきそうな可愛らしい雰囲気のドアを開けます。

柔らかな光に満たされた、優しい雰囲気の店内です。
穏やかな笑顔の店主が迎え入れてくれました。

紅茶とお菓子をお願いしました。

普段はケーキもありますが、本日のお菓子は氷見産そば粉のクッキー。
優しい甘みと軽い歯ごたえ、店内の柔らかい雰囲気も相まって、
なんていうか、こう、……

このままここで眠れそう……ここにお布団敷いてください……

そんな不思議な安心感に包まれます。

お茶を飲んでいるうちに空がすっかり雨模様。
しとしとと静かに響く雨の音も良いですが、晴天の日に窓から見える景色がこちら。


(撮影:5月)

の、

のどか……!!!!!!!!!

緑って、疲れ目に効くんですよ。
画面を見すぎなオタクの目に緑が沁みます…

店内に飾られた絵は、常連客の方の作品だとか。

柔らかな淡い色使いの中に隠されたメッセージ性を感じてしまい、思わずじいっと眺めてしまいます。
それにしても、癒し効果が凄い…
まさに山の中の隠れ家と呼ぶに相応しい空間です。
優しい店内の雰囲気に癒されて、美味しいお菓子とお茶が心に栄養を与えて、ゲームのやりすぎで疲れた目を緑で癒して、透き通った山の空気を肺いっぱいに吸いこんで……
色んなものがリセットされる感覚があります。
それはまさに、毎日の生活からふと抜け出して、田舎に帰ってきたときの感覚と似ています。
私はもう生活を実家に戻したので、「日常から離れて故郷に帰省する」ということが無いのですが、概念としてのそれを久々に味わった気がします。

時間が遅かったので、店内のお客さんは筆者卓だけ。
店主の方がお店を再開した経緯や、お客様とのご縁について話してくれました。

ケガや病気を乗り越えた時に、お店との向き合い方も変わって、誰かの為ではなく、自分が楽しみながら時間を過ごせるようなお店にしようと思ったのだとか。
「一人でふらりと来て、ゆっくりと1対1で静かに話したり、会話はしなくてもぼんやりとしたり。そんな場所にしてもらえたら」と思いを語ってくれました。
市内外だけでなく、県外にも様々なご友人やお知り合いが多い店主は、性別、人種、多岐にわたって「よそ者」という考え方が無くなって欲しいという想いがあり、氷見もそういったオープンな場所になって欲しい、とも。
穏やかな口調ながら、熱い気持ちを抱いていらっしゃるのが垣間見えて、打つ相槌も自然と強くなりました。

閉店の時間までたっぷりとお話をさせて頂いて、お店を出ると雨が上がっていました。

静かな場所でお茶を楽しみたい時、癒しの空気に包まれたい時、訪れてみては如何でしょうか。

「小さなカフェ 芽衣」
住 所:氷見市北八代483
電 話:0766 74 6532
ブログ:https://ameblo.jp/hatumemei/
(営業日、時間等は上記のブログでご確認ください)

「氷見の休日~まちで暮らす人々~」—半径150メートルのとある不思議な一日

 さて、本日は日曜日。氷見ワーホリ生活も3日目となりました。3月に入ったからなのか、前日とは打って変わってぽかぽかとした気候でとても過ごしやすいです。

今日は「みらいエンジン」から道を挟んだ向かい側にあるコミュニティスぺ―ス「HIRAKU」で朝10時からイベントが開かれると聞き、同じくワーホリ生の後藤くんとさっそく行ってきました!

今回のイベントは「読書部」。
参加者それぞれが心に響いた本を持ち寄り、集まった人たちにお勧めします。

一見シンプルに思えるこのイベントですが、どんな本が心に響くかは各々の価値観やこれまでの人生の過ごし方が大きく関わってくるため、意外と奥が深いのです。

-人間の限界を試す場所である北極や南極などの「極地」が好きな人
-「お金を儲けること」について本気で考えている人
-「時間」という概念について深く捉えなおしている人
-失った命を悼み、その大切さを噛みしめる人

ここに列挙しただけではほとんど何も伝わらないかもしれませんが、様々な人生が交錯するなかでそれぞれの思いがほんの少し垣間見えた気がして、開放的だけれども深みのあるとても素敵な空間だと私は感じました。
また機会があればぜひ参加したいです。

この後は3月下旬のオープンに向けて現在作業中のパン屋さん『考えるパン KOPPE』の見学に行きました。こちらも同じ中央町商店街の中にあり、みらいエンジンからも歩いて数十歩ほど。オープンまで一カ月を切り、作業も大詰めです

案内してくれたのはふわりとした優しい笑顔が印象的な竹添英文さん。
1階を店舗に、2階以上は一家の住居として今後利用していきます。
それにしても、溢れる光が明るい…!リフォームしてすぐということもあって、白木の色がピカピカに輝いて見えました。
そして英文さんは「ここからの眺めが一番好きなんだ」と言って屋上に連れて行ってくれました。

そこには、海を見下ろせる絶景が。
島根県出身の英文さんは、穏やかな氷見の日本海が故郷の風景に重なるそうです。
移住を決断して物件を色々と探していた際、「この景色を毎日見られること」が決め手のひとつになったそう。
ちなみに、私のプロフィール画像はこちらの屋上で撮らせていただきました!

1階に戻ると、妻のあゆみさんと2歳になる娘の左右加ちゃんが来ていました。
ご夫妻は元教員。それぞれ社会と国語の先生をしていた際に出会って結婚し、あゆみさんの妊娠を機に一家で氷見への移住を決意したそうです。

富山県出身のあゆみさんは以前から「子育てをするなら氷見で」と決めていたそう。そして市役所勤務をする夫の傍ら、長年の夢だったパン屋を氷見の地で開くことにしたのです。

ここまで漕ぎつけるにも様々な苦労があったそうなのですが、詳しくはこちらをご覧ください。
『考えるパン KOPPE』のクラウドファンディング

過去に『考えるパン KOPPE』について書かれた記事①

過去に『考えるパン KOPPE]について書かれた記事②

オープン予定日は2020年3月20日。
残念ながら私のワーホリ期間が終わってしまった後なので、いつかまた氷見に来た時に必ず伺います!!と約束をしてからお店を後にしました。

*     *     *

その後は中央町商店街の西の外れにある『コーヒーハウス マイケル』でランチを頂きました。「焼きチーズカレー(800円)」はサラダも付いて大満足のボリューム。しかもめっちゃ美味しい。
何それ最高やんって思ったそこのアナタ。…はい、最高です。カロリー的にも色々と贅沢なお昼ご飯です。

腹ごしらえをしてから「HIRAKU」に戻ると、何やら子ども連れが集まり賑やかな雰囲気に。
この日の午後は「HIRAKU」の場所を借りてシルクスクリーンやメッキ加工などの体験型ワークショップが開かれていたのでした。


初めてのシルクスクリーンを頑張るももちゃん

せっかくなので私もシルクスクリーンを体験してみることに。
素材は黒色のサコッシュを選びました。

ちなみに、シルクスクリーンとは印刷方法の一種。
色を付けたい素材の上に特製の版を置き、インクや絵の具をその上に置いて刷り込むことで色を付ける方法です。そのシンプルさ故に汎用性も高く、布地だけでなく様々な製品に活用されています。

選んだ絵の具を付けて…

専用のへらで伸ばし…

こんな感じでドライヤーで乾かしたら…

出来ました!最初の図柄「しんだおさかな」の完成です!

私は以前、美術館のミュージアムショップでアルバイトをしていた際に偶然シルクスクリーン製のトートバックを売っていたので、今回実際に体験出来たことで少し感慨深い気持ちになりました。

このワークショップを開いているのは『FCTRY』の田中祥恵さんと荻原麻衣子さんの女性二人組。保育士だった同僚時代から工芸やアートが好きという共通の趣味で意気投合し、昨年の秋に晴れて会社を立てて独立したとか。現在ではシルクスクリーン・メッキ加工・缶バッチ制作の3つを売りに各地でこうしたイベントを開いて回っているといいます。
お二人とも氷見育ちですが、自分たちの子供時代の方がやはり今よりも格段に賑わいがあったそうです。「ふるさとのために何かしたい」という想いも独立への大きな原動力となりました。
ですが、15年近くも続けた仕事を辞めて新たな道を踏み出すことに怖さや躊躇いはなかったのでしょうか。「どうして一歩踏み出す勇気を持てたんですか?」と私が尋ねると、田中さんが「やっぱりね、人生一回きりだなって思って」と笑って答えてくれました。


以心伝心、連携プレーもばっちり

いつか氷見で自分たちのお店を持つのが夢とのことですが、会社を立てたばかりということもあり、現在は専用の拠点がないために資材を全て車に詰め込んで運ぶなど、少し苦しい状況が続いているようです。
ですが二人とも、子供と接するのがやはり慣れているという印象。今後もワークショップで子供をターゲットにするなら、元保育士という経歴は案外強みになるのかもしれません。


にこやかな応対に自然と笑みがこぼれます

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そんなこんなでアートな時間を過ごすうち、その場でたまたま知り合った氷見市役所職員の百々米木美由紀(どどめき みゆき)さんから「すぐ近くに私の友達がやっているカフェがあるから行っておいで」とご紹介を受け、せっかくなのでアフタヌーンティーと洒落込むことにして向かったのがこちらのお店。

干物屋さんじゃないかーいと言われそうですが、違います。ちゃんと干物屋さんの一角にご紹介してくれた「Café Nami」はあるんです。

あ…これ絶対どれ頼んでも美味しいやつ。

迷いに迷った挙句、「苺とピスタチオのムース」と「アルパカコーヒー」をお願いすることに。しばらくすると、お店のオーナー吉川奈美さんがお待ちかねのケーキとコーヒーを持ってきてくれました。

お、おしゃれ…!ケーキも花びらをあしらっていて見た目も楽しめる一品になっています。
では、いざ実食!
んー甘酸っぱいソースとフレッシュなムースが絶妙に調和していて本当に美味です…!コーヒーも少し酸味の利いた爽やかな口当たりが甘いケーキによく合います…!

と、ここで氷見市内の老舗干物屋さん『柿太水産』の柿谷政希子さんがちょうど奈美さんを訪ねてきました。どうやら今度共同で開発する商品について議論している様子。せっかくなので件の開発中の新商品「にぼしチョコレート」を試食させてもらうことに。

見た目は正直びっくりぽんですが、食べてみるとにぼしのほろ苦さとチョコレートのビターな感じが意外と合ってるんです…!

2月14日が言わずと知れたバレンタインだけでなく、実は「にぼしの日」であることにちなんで『柿太水産』と高岡のチョコレート屋で働いていた経験もある奈美さんのコラボで作られているこの商品。完成した暁にはぜひお土産に買って帰ろうと思います。


調理師免許を取った後、フランスでパティシエ修業をしたり、ワイナリーなど様々な場所で働いた経験から、和食からイタリアン、フレンチ、スイーツに至るまで多彩な料理を作ることが出来る奈美さん。

実はこのお店は先月の下旬にオープンしたばかりだそう。元は注文式の予約制販売が中心で、縁のあった氷見ロータリークラブの方に頼まれてデザートを出したところ、「なみちゃん、ちょうど良いところ空いてるからお店開いちゃいなよ!」と言われ、奈美さんの方も「自分でレストランを持ちたい」という長年の希望があったことから、まずは短時間でカフェの営業を始めることに決めたのだとか。「氷見の人は楽しくて優しくて、何かを応援してくれる雰囲気があるんです」と奈美さん。


それぞれ7歳・5歳・3歳のお子さんたち。めちゃくちゃかわいい。

そして奈美さん、なんとお子さんが長女・次男・三つ子の男の子⁉の計5人いるのだとか。この日も午前中に息子さんの発表会を見てからお店にきたそうです。
いずれはこのお店で料理や定食も提供したいそうですが、まだ手が回らないご様子。子育ても奮闘するママさん料理人に今後も大注目ですね!

ちなみにこのお店を紹介してくれた百々米木さん(通称:どどちゃん)とは『HIRAKU』ワイン部の飲み友達。百々米木さんが以前高岡のホテルでソムリエをしていた関係もあり、いつも話が弾むそうです。
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事務所に戻って小一時間もすると、もう夕飯の時間。またまた『HIRAKU』にて今晩は「粉もの部」が開かれるとのことだったので行ってみることにしました!

今日はご近所の方や遠方から来た人も交えてたこ焼きパーティーです。
色んな世代の人が協力して料理を作ります。


時折出現する「将棋部」


たこ焼きを作るのにすっかりはまり込んだ田矢。

そしてデザートは桜餅!桜色の生地を焼いた後、料理上手の野村さんが丸一日かけてつくったお手製のあんこをくるんで桜の葉っぱで包みます。


そりゃあインスタにも上げたくなりますね

私を含めその場にいた人ほぼ全員が桜餅を手作りしたことなど今まで一回もなかったため、これが大盛り上がり。量産型桜餅は徐々にその勢力を増し、次第に「皮だけスペシャル」「なんだかよくわからないもの」などの変化球が出現し始めました。しかし桜餅番長・弱冠10歳のまさよし君の監督により寸分の違えない純・桜餅が生産され続けたことで私たちの心のふるさと、「SAKURAMOTHI」は守られたのでした…ってなんじゃそりゃ。

でも、みんなで何かを作って食べるということがこんなに楽しいことだとは知りませんでした。普段見知った友人たちと鍋パーティーやチーズタッカルビパーティをすることはありますが、ほぼ初対面のご近所さんたちとこんなに当たり前のように団欒して過ごすというのは、ありそうで中々見られないことだと思います。少なくとも自分にとってはとても新鮮で、そしてどこか憧れのような、素敵な空間でした。

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この日訪れた中で西端の「コーヒーハウス マイケル」から東端の「干もの屋氷見(の中の『Café Nami』)」までの距離はわずか290メートル!…地図で見ると300メートルなんて本当にちっぽけな距離ですが、集まる人がいて、ささやかだけど楽しめるものや美味しいものがあって、そして一緒に笑顔でいてくれる人たちがいれば、案外生活は成り立つのかもなあと感じました。もちろん、現実はそう甘くはないと思いますが。でも、たまにはこういうほっこりする日があってもええなあ…

人のご縁に結ばれて、おかげさまで心があったかくなるような日曜日を過ごすことが出来ました。
次のレポートも乞うご期待です…!

~Special thanks:この日出会った人たち~
・『HIRAKU』読書部の方々
・『考えるパン KOPPE』竹添さんご夫妻
・『FCTRY』田中祥恵さん・荻原麻衣子さん
・『Cafe Nami』吉川奈美さん
・『柿太水産』柿谷政希子さん
・『HIRAKU』粉もの部の方々

氷見の看板になりえる海辺のお店を経営しませんか?

今回ご紹介するのは氷見市中央町にあるテナント物件。
漁港の直ぐ側にあり、正面には公園と海が広がっています。
県内でも有数の集客を誇る道の駅「ひみ番屋街」が橋を渡ってすぐ近くと、商業的にもなかなかの好立地です。

建物の外観はこちら。レトロなかわいい印象ですね。
角に建っており海岸線の道路からもよく見えるため、通りかかる車からも目に入りやすいところもオススメポイント。
昨年末までは1階で食堂が営業しており、氷見うどんなどを中心に観光客のみならず地元の方々にも愛されていました。
そんなお店が閉店することになり、空き物件となるタイミングでオーナーさんがみらいエンジンを訪ねていらっしゃいました。
実はオーナーさんはみらいエンジンの取り組みをWEBなどを通じてご覧になっていたそう。
「せっかく良い立地なのだからできればまちの賑わいに繋がるように使っていただきたい」と移住者さんで開業を希望される方がいれば紹介してほしいとのことでした(もちろん氷見在住の方でもオーケーですが…!)。
そんなオーナーさんの想いに応えるべく、今回はこちらの物件の魅力をご紹介して参ります!

物件については非常にコンパクト。
現在店内はスケルトン状態になっていますので、借りられた方が自由に内装をつくることができます。

しっかりと作り込むのもいいですが、あえて壁などをつくらずインダストリアルな雰囲気にしてもカッコいいかも。
まっさらな空間をみていると想像が膨らんできませんか?

さて、こちらの物件は1階と2階が独立して利用できます。2階へは海に面した側向かって右手の入り口から。
その昔は喫茶店が入っていたとのことです。

2階は長らく空いていたとのことですが、物件最大のオススメポイントは実はこちらかもしれません。

窓からの眺めが最高なんです!
公園や、漁港そして海が見える窓からの景色はこの場所ならではです!
8月の「ひみまつり」のときには目の前の海上から花火が打ち上げられるため特等席なんだとか…!

中を拝見した際には年末まで営業してたお店の看板があり一部窓がふさがっていましたが、2階を使うならこの窓からの景色は是非活かしていただきたいところ。
「カフェにしたら眺めも良くて素敵だろうな」とか「部屋を区切ってちょっとしたゲストハウスにしたら朝日が入って気持ちよさそう」とか、考えるだけでワクワクします。

窓からの様子でもおわかりいただけるかと思いますが、物件の周りはこんな様子。
目の前には子どもたちに大人気のブリを模したかわいい遊具がある公園が。
その奥にみえるのは漁業文化交流センター。こちらはこの春「ひみの海探検館」という愛称でリニューアルオープンする施設です。
リニューアル後は目玉展示となるVRシアターの映像や、定置網と魚のコラボ展示により「海中探検」を体感できる施設となるとのこと。
大人も子どもも楽しく学べる施設として観光客の呼び込みも期待されています。

同じ通りにはお寿司屋さんや焼肉屋さんなども並んでいます。

場所がいいだけにお値段は…と不安に思われるかもしれませんが、そこはオーナーさんと交渉の余地ありです。
まちの賑わいのためにも、お店が継続することが一番。
業態などにより異なることと思いますが無理のない家賃で継続できるよう話し合いで決めましょうとのことです。
まずは「この場所でこんなことをしてみたい!」という熱い想いをぶつけていただければと思います。
細かな条件などの確認など、気になる点はみらいエンジンまでお気軽にお問い合わせくださいませ!!

12日間の移住体験がスタート!—東京の大学生によるきときと氷見レポート

 今回、2/28~3/10まで12日間「氷見市IJU応援センター みらいエンジン」でワーホリ生としてお世話になります、東京都出身・19歳大学1年生の田矢美桜奈(たや みおな)です!現在は都内の大学で社会学を学んでいます。

高校時代は新聞委員会と生物部に所属し、取材で駆けまわったり爬虫類を愛でたりしながら青春を過ごしていました。
大学からは日本らしく、また持ち運びのしやすい(笑)和楽器を本気でやりたいなと思い、筝曲部に入って尺八を始めました!まだまだ始めて1年の未熟者ですが、日々練習に取り組んでいます…!

なぜ私が全国の津々浦々から「みらいエンジン」でのふるさとワーキングホリデーを選んだのかというと、若者である自分はもっと広く世界のこと、この社会のこと、そして何よりもまず日本のことを知らなくてはいけないと思ったからです。そして国内のワーキングホリデーについて色々と調べるうちに、偶然「ヨソモノ目線で氷見の暮らしをレポート」と題する「みらいエンジン」でのワーホリの広告が目に留まりました。
まがりなりにも新聞記者を志望している自分にとって「ヨソモノ目線」というのは非常に心に響くキーワードでした。誰も知り合いのいない地方に行ったところで自分は「ヨソモノ」でしかない。その事実は変えられないと感じていたからこそ、今回のワーキングホリデーでは『都会でこれまで人生の大半を過ごしたことで、逆に少しでも役に立てることがあるのかもしれない』と思えたことが決め手となりました。

 そんな私がこれから12日間に渡って伝える「ありのまま」の氷見の暮らし。少しでもこの文章を読んでくださっている方の参考となれば嬉しいです。


手書きの看板に温もりを感じます

 JR氷見線から見える車窓の絶景に目を奪われた後、期待と不安を胸に氷見に降り立った私は、今回の就業先となる「氷見市IJU応援センター みらいエンジン」に向かいました。このセンターは氷見市の委託事業として2016年秋に設立され、氷見へ移住を希望する方の相談に乗ったり、市内の空き家を紹介したり、各地で開催する氷見の魅力発信イベントの開催、都市部から氷見に来る「ふるさとワーキングホリデー」生の窓口…などなど、文字通り移住に関する「すべて」を担っています。

こちらが普段はクールだけどはにかむ笑顔がチャーミングな藤田智彦さん。「みらいエンジン」での私たちワーホリ生の生活をサポートしてくれます。
着いた初日はもちろん右も左も分からないため、とりあえず藤田さんに案内してもらいながら街を見て回りました。

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最初に向かったのは氷見港の近く。豊かな海の幸を祈願するために、七福神のえびす様をお祀りして建てられた「魚取社(なとりしゃ)」が海に向かってどっしりと構えています。

その後は氷見漁港近くの「氷見市漁業文化交流センター」を訪れました。
この施設は現在3月下旬のリニューアルオープンに向けて現在改修中でしたが、特別に中に入らせていただくことが出来ました!


職員の方が氷見の漁業にまつわる文化や歴史を丁寧に教えてくれました


氷見の漁師さん発祥の「越中式定置網」の解説


大人二人分は優に越えそうな長さの網。こんな巨大なものを扱っていたとかホント凄いです。

こういう道具を見ていると、やっぱり海の町なんだな~と実感します。

他にも、特徴的な町家造りの街並みや伝統のお祭りについてレクチャーを受けた後、この日は早めに解散となりました。

時間もあるし、宿泊しているホテルの周りでどこか定食屋さんでも見つけてご飯食べよーと思ったところ…
あれ…?やってるお店…なくない…?
そう、あくまで私が出歩いた範囲では18時だというのにたった数軒しか営業していない(ように)思われたのです。2月の冷気が体に染み込み、なんだか心まで寒くなってきました…
飢えに凍えそうになるも、何とか見つけた居酒屋さんでかけうどんを頼むことに成功。

あ、あったかい…!氷見うどん美味しい…!
無事にお腹も満たされたところで、この日は眠りにつきました。

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翌朝。
氷見観光ではもはや定番ですが、比美乃江公園エリアにある「氷見漁港場外市場 ひみ番屋街」に向かいました。

朝にも関わらず、大変な賑わいを見せていました!水産物はもちろんのこと、氷見産の野菜や手作り商品なども豊富に取り揃えています。
夜食用にと私はここで氷見市・速川地区産の干しいもを購入しました。

館内では様々な食べ物を頂くことが出来ます!こちらが「かぶす汁とおにぎりのセット」(500円)。朝ご飯を食べていなかった空きっ腹に温かいお汁がじんわりと染みます…

こちらは「白エビコロッケ」(200円)。白エビの甘さがほろっと美味しい逸品です。

こちらは「氷見はとむぎ茶」。実は氷見はハト麦も名産だそうで、はとむぎ茶も日常的に良く飲まれているそうなのです。毎日飲んでいたらお肌がツルツルになりそうですね!

と、ここで館内アナウンスが。
「氷見産の美味しい焼きいもが焼きあがりました~お買い求めの方は中央通路までお越しください~♪」
それは行かなければ!と思い中央通路に向かうと、ほんわりとしたお芋のいい香りが漂ってきました。

移動販売用の屋台で私と同じ年頃くらいのお姉さんが頑張って売ってくれています。話を聞いたところ、氷見市内の速川地区と言う場所で農村交流活性化団体のボランティアに来ているのだそう。自分たちが関わった商品をこうして販売しに来ることもあるそうです。

ん?速川…?なんか聞いたことあるぞ…と思いながら先ほど買った干しいもを取り出してみると「あっ、それ私たちがパッキングしたやつだよ!」と嬉しそうな声が。
なんと、私がつい先ほど買った商品は彼女らの団体が数日前に出荷したものでした!

思わぬ偶然に笑顔で写真をパチリ。おいもに限らず、氷見は「実はこれも有名、あれも有名」ってものがザクザク出てくる面白い土地柄だなと感じました。

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午後はしばらく街中や里山を自転車で見て回った後、湊川の川沿いにある氷見市立博物館へ。
古墳時代から現在まで、氷見の歴史を振り返って分かりやすく展示しています。


こんな時代から氷見産の美味しいお魚が毎日食べられていたと思うと、ちょっと羨ましいです


「やぁやぁお前さん、今日はどれくらい獲れたかね」


嫁入りの情景を再現したブース


このミニチュア和船も船大工さんの手作り。かわいい。

館内では木造の和船が数多く展示されていました。市内に住む船大工の番匠光昭さんが修理を施したのちに展示しているそうです。番匠さんは日本でも3人ほどしかいない、本格的な木造和船を作ることできる船大工だそう。

入館料は100円でしたが、大満足の展示内容でした!

そして、この日の夕ご飯は車で15分ほどの国道沿いにある「すしのや」さんへお寿司を食べに行きました!おしゅし!おしゅしだ!!


お寿司ってみんなを笑顔にするよね

さーて、何を頼もうかなとメニューを開くと…

え…?え?「日替わり三種」が110円?思わず二度見し、そんな馬鹿なと思いつつ注文して出てきたのがこちら。

こんなきれいな三種盛りが110円…Oh,これが地魚クオリティ…ちなみに隣のお皿も同じく110円です。
その安さと美味しさに感動しすぎて3皿も頼んでしまった田矢なのでした。

と、いうわけでひとまず1回目のレポートはこのあたりで終わらせていただきます!
まだまだ「ディープな氷見」の深みへは道のりが遠そうですが、こんなに美味しい食べ物がたくさんあるなら意外となんとかなるんじゃないかとも思えました!(笑)
これからの素敵な出会いに期待です!