移住者ガラス職人さんの個展に行ってきました!

昨年氷見に移り住んだガラス職人の城勝彦(じょう かつひこ)さんが、久目地区にある自宅で個展を開かれるということで、取材をさせていただきました。
ガラス職人さんとしてももちろんですが、移住者さんとしてもお話をたくさん伺えましたので楽しみにご覧ください。

久目地区は氷見の山間地域に位置しており、田園風景が広がるエリアです。
この辺りは近年移住者が増加している地区でもあり、氷見の中でも注目の場所なんです!

こちらが城さんの住まい兼今回の個展の会場になります。
過去の記事でこちらの物件の紹介を行っていますので合わせてご覧ください!
お宝!ラッキー7物件

そして、この方が今回ご紹介するガラス職人の城勝彦さん。
とても気さくで優しい方です。お話が面白い方で、取材日はかなり長居して楽しんでしまいました。笑

城さんは小谷真三氏に憧れガラス職人を目指しはじめ、東北のガラス工場で2年間基礎を学んだ後に、独立して個展などを開きつつ技術を磨いてきました。

城さんが作られる作品はとても個性的で、中には歪んだ形をしているものもあるのですが、持ってみるとその歪みのおかげで持ちやすかったり、不規則な形にだんだん惹かれていくんです。
光に当ててみるとガラスの中の気泡もよく見えますね。
この気泡も作品ごとに違いがあるので全てが世界に一つしかない魅力になっています。

こちらが氷見に来てから作られた作品の展示コーナーです。
氷見に来てからは海を連想させる青色の作品が増えたと言います。氷見の海の幸や景色はとても気に入っているとおっしゃっていたので、そういう気持ちの部分も作品に反映されているんですね。

また、作品を魅せるのに使われている置物や小物の多くは物件の中に残っていたものだそうです。
今まで使われず埃をかぶっていたモノたちですが、古民家とガラス作品の雰囲気をうまく調和させる働きを持って再利用されています。

空き家の紹介や移住・定住のサポートをさせていただいている私としては、氷見ならではの作品を作られたり、古民家をうまく活用されていることがとても嬉しく思いました。

展示品をみて触って楽しみつつ、移住者さんとしてのお話も伺ってみました。

藤田:氷見に移住されたきっかけはなんですか?

城:前の場所を出なきゃいけなくなって、みらいエンジンの記事を見たのがきっかけかな。
元々富山にもほとんど来たことが無かったし、そもそも北陸は移住の候補に無かったんだけどね。

藤田:氷見に移住しようと思っていたわけではないんですね。笑 ではどうして氷見に決められたんですか?

城:記事で見た物件の納屋が大きくて賃料が安かったからだね。ガラス作りで使う窯を入れられるくらい広い納屋が欲しかったんだけど、納屋付きの物件をこの値段で借りれるのか!っていうのは運命のような感じだったね。家も広かったから物件を見た時点で、自宅で個展やれたら面白そうだなーって思ってたんです。

藤田:単身の移住者さんで、家が広いというのはデメリットになってしまうことも多いのですが、城さんのように個展を開いたりできたらメリットになりますね!
氷見の大きい家をうまく活用するいい例になったと思います。

城:今回は近所の方にこんなことやってますっていう紹介みたいな側面もあるんだけどね。

藤田:そうだったんですね。実際に近所の方の反応はどうでしたか?移住直後も含めて。

城:近隣の方は応援してくれています。ガラス職人なので窯で火を使うし、音を立てちゃうこともあるから最初は苦情とか来るんじゃないかと心配してたんだけど、全然そんなことなくて、むしろみんな優しく接してくれました。今回の展示会でも毎日来てくれたり、知人と来てくれたりと、いい人ばかりです。野菜もよくもらうしね笑

藤田:作業場としてぴったりの家で周りの環境もよくてとても居心地が良さそうですね。

城:そうなんです。笑 私は昔から旅が好きであまり一つの場所に止まっていられないタイプなんだけど、この前ちょっと遠くに出かけていた時、この家に帰りたくなったことがあったんですよ。今までそういうことが無かったんでよっぽど居心地がいいんだなって自分でもびっくりしましたね。笑

インタビュー後、移住の決め手になった納屋にも案内していただきました。

ガラス作りは通常複数人で協力して作品を制作するのですが、城さんは1人で全てやられているので使用する道具などにも工夫がたくさん詰まっています。

普段は中々お目にかかれない部分も見せて頂き、個人的にとても充実した取材になりました、城さんありがとうございました!

これからも住みながら作品の展示を行っていくとのこてでしたので、みなさんも一度足を運んでみてくださいね。

城さんのFaceBookアカウントは【こちら】

氷見の祭に惚れこんだ職人、信念の一杯。

ラーメンは好きですか?

みらいエンジンスタッフの岸本です。

もはや日本人のソウルフードと言っても過言ではないラーメン。
日本各地それぞれに味も特徴も具も全く違っていて、富山県ならブラックラーメンなど、今やご当地ラーメンも数えきれない程ありますよね。

市内をゆるりと流れる湊川沿いに、蔵を改装したラーメン屋さんがあります。
それがこちら、「氷見ラーメン」さん。

使用している材料は地産地消にこだわった氷見産のものが中心。
地元の食材を使った氷見生まれのラーメンだから、氷見ラーメン。……というわけではないんです。
シンプルかつ分かりやすいその屋号にも、実はとっっっっ……ても深い意味と熱い気持ち、そして氷見への愛、敬意までもが込められているのです。

筆者がこのお店に最初に入った日の事はもう忘れてしまいましたが、今では大好きでよく訪れるお店です。
店主の伊藤さんは、真面目で職人気質な方ですが、とても愛嬌があっていつもニコニコの笑顔で迎えてくれます。

そして伊藤さんはお隣り石川県から氷見に惚れこんで移住&開業をした移住者さん!
忙しいお仕事の合間に、お話を伺ってみました!

石川県の飲食店に勤めていた伊藤さんは、仕事で知り合った方からのご縁で、氷見で別の飲食店の手伝いをする事に。
初めは「3年くらい行ってみるか」という気持ちで氷見へ移住してこられました。
2年ほど勤め、さてそろそろ自分の店をと考え始めた頃には、氷見をすごく好きになっていたそうです。
「店をやるんだったら氷見でやりたい」
スタートの場所として氷見は面白いかもしれないと考えた背景にあったのは、たくさんの友人との出会いや、土地柄がとっても肌に合っていた事。
そして、なんといっても大きかったのが、氷見の祭りとの出会い。

初めて氷見の祇園祭を知った時の事を、伊藤さんは「カルチャーショック」だったと語っています。

伊藤さんの地元の石川県では、年々祭りへの参加人数が減っていて、三年に一度の開催になるほど規模縮小していたり、町内の盆踊り大会か、金沢市内で数日間かけて行われる加賀百万石まつりのような大きな祭りかのどちらかでしかなく、伊藤さんは祭りに対して好きという気持ちは無かったそうです。

そんな伊藤さんが氷見の祇園祭に参加する事になり、周りの人達に「ケガしないように気を付けて」と言われ、「祭りで気を付けるって、どういう意味?」と首を傾げながら参加。

激しくぶつかり合う太鼓台に「ケガしないよう気を付けて」の意味を理解しながら、同時に「すごく楽しい!」「こんな祭りもあるんだ!」と感じたそうです。


(画像は昨年の記事「氷見夏の大イベント『祇園大祭』」より)

近所の人達が集まって楽しんでいる姿や、進学や就職などで県外に出ている人たちが「祭りだから」と氷見に帰ってくる姿に、氷見の人達の地元愛、地元にかける想い、地域民のキズナの強さを「カルチャーショックだった」と表現するほど、大きな出来事だったようです。

好きじゃなかったものが大好きに転じる瞬間って、化学反応のように、想いと思いがぶつかり合った瞬間なのでしょうね。
伊藤さんに起こった氷見での化学反応、実はこの後にもまた起こることになります。

氷見での開業を決めた伊藤さんがまず直面したのは金銭問題。
しかし、またしてもご縁があり、氷見の方から出資のご縁がったそうです。
ただ、その方はとても熱い方で、「まずはどこかの店で修行を積んでから」と考えていた伊藤さんに「店やりながら修行すればいい」と言葉をくれたそうで、伊藤さんご自身が納得したこともあり、まずはお店を開くことに。
そしてラーメン作りが始まります。
家庭用のキッチンでは上手くいく試作品も、業務用の火力では上手くいかず、失敗続き。ラーメンの味が完成し無いままオープン初日を迎えます。

オープン初日は、広告を大々的に打っていたこともあり、長蛇の列。

しかし、並んだ挙句に味が完成していないラーメンに「不味い!」と怒って帰る方が多かったそうです。
オープンから一ヶ月が経ち、急激に客足が遠のき、クレームや罵倒がだけが増えていく中でも、決してくじけることだけはしなかった伊藤さん。
お客さんの意見を聞きながら、しょっぱいと言われたらしょっぱくないように改善するなど、味を変え続けた結果、「トンネルに迷い込んだように、毎日味の違うものを作って、自分の味が分からなくなった」と当時のつらい日々を振り返りながら語ります。

お店に来るお客さんからのクレームだけでなく、インターネットの掲示板で悪い言葉を書きこまれたり、所謂「アンチ」のような人達からの見えない攻撃もあったとか。
さらに、店名に「氷見」と掲げていることにも多方面から非難の声を受けるように。
「氷見の名前をそんなに簡単に使わないでほしい」
聞こえてくる苦言に、「氷見が好きという気持ちでやっていただけに、ショックも大きかった」そうです。
しかしこのままやめてしまったら、「あぁそんな奴もいたね」「やっぱりあいつはダメだった」というだけの存在になってしまう。
「絶対に諦めないでおこう」
氷見という地名を店名に入れるからには、もっともっと氷見のことを知らなくては、と図書館にこもって氷見の歴史や文化も勉強したとか。
悩んでは前を向き、立ち止まっては顔を上げ、ひたむきに歩み続ける伊藤さんの背中を押してくれたのは、やはり人の温かさでした。
「悩む必要ない。自分を信じてやれ」
「ラーメンはセオリーは無い、邪道が正道に、ルールが無いから自分が思うように作ればいい」
様々な業種の先輩方からそんな言葉をもらい「吹っ切れた」伊藤さんは、自分だけの味を信じ、ラーメンを作り続けます。

すると、ここで起こったんです。二度目の化学反応が。

吹っ切れてから1~2年が過ぎたころ、ちらほらと客足が増え始め、「北陸ラーメン博」(石川県開催、石川、富山、福井3県参加)というラーメンイベントへの出展の機会を手にします。
結果は、開催3日間で売上2位、富山エリアではなんと1位。
その直後から、バッシングしていた人達がなんと応援してくれるように。
「やっと結果を出したな!」
「市外に出ていく人も多い中で、県外から氷見へ来てくれて、氷見という名前を使って、地名を広めてくれている」
決して諦めずに進み続ける伊藤さんの姿に、周囲からの反応にも変化が訪れます。
さらにそこから東京ラーメンショーに出るなどイベントが続く中で、今度は、アンチだった人達がファンに変わり、罵声は応援に変わっていきます。

「氷見に恩を返したい」という信念の元、頑張り続けてきた伊藤さんの想いと、「中途半端なモノで氷見を名乗って欲しくない」という両者の熱い想いが出会った結果、化学反応が起こって新しい結果が生まれたのだと筆者は感じました。
そのどちらにもあるのは、地元愛の強さです。
「氷見にのれん分けしてもらっている気持ちでいるから、氷見という土地、ブランド、氷見という看板の名に恥じないようにまだまだもっと頑張って、地元の人達にも誇って貰えるようなお店になれるように頑張って、恩返ししていきたい」

(……ここで筆者の脳内にプロジェクトXの主題歌が流れ始めます)
伊藤さんの言葉に頷きながらお話を伺っているだけでも胸がいっぱいで、拍手喝采、スタンディングオベーションしたいほど胸を打たれました。
いつも食べていたラーメンにそんな熱いストーリーが込められていたとは。

ちなみに、筆者がいつも食べているメニューがこちら。「獅子舞ラーメン」です。

市内各地40連で行われている氷見の獅子舞を表現した一品。
こってりと濃いめの醤油味に黒いラー油が弧を描いていて、ガツンとくる風味に獅子舞の躍動感や豪快さを感じます。

他のラーメンにも全て氷見の祭りの名前が付けられていて、例えば、氷見の祇園まつりは、荒々しく激しく賑やかな祭りだから、激しさを辛さで表現し、辛いラーメンに仕立てられています。

無形有形関係なく、見たものに衝撃を受けインスピレーションが働いて、それを表現し、想いを込めて形にする。
そうして生まれたものはもう「作品」と呼ぶに等しいですよね。筆者はそう感じます。
作品と呼ばれるものには解釈が生まれてくると思うのですが、伊藤さんが味付けや具などで表現したラーメンと、元になった祭り、イメージがその通りでまさに解釈一致です。

感動の大フィナーレのような空気感でインタビューが終わりそうな雰囲気でしたが、筆者、ここで大切な事を思い出しました。

移住者として見る氷見は如何でしょうか?
初めて氷見へ来た時の第一印象を聞いてみました。


(氷見ラーメンの店舗がある湊川周辺)

「田舎だなと思った。でも街中はコンパクトになっていて暮らしやすい。何よりもポテンシャルのある町。まだまだ可能性をたくさん秘めている」
初めてここへ来た時の印象を思い出しつつ、やはりこの土地が持つ魅力に強く心が惹かれているご様子。氷見語りが止まりません。
「チャンスも多い町で、楽しさも、隠れた魅力もまだまだたくさんあって、出し尽くせていないのではと感じるほど。応援してもらえるし、一度受け入れてもらえたら、本当に心強い人達。それこそが氷見のパワー」

ひたむきな努力と信念を貫いて、たくさんのご縁に感謝をしながら、アンチもファンに変えてしまった伊藤さんの言葉だから、説得力しかありません。

伊藤さんにお話しを伺う前、氷見ラーメンには客として何度か来たことがありました。
どことなく居心地がいい、入りやすい、あまり多くは話さないけど、店主の人柄が良いと伝わってきて、食べ終わって店を出る時に「また来よう」という気持ちになるのです。
そして何よりも、味がしっかりと濃厚でこってり系のスープでありながら、食事の後に変な胃もたれや重さが全く無く、丁寧に作られたのが分かります。
化学調味料の類を一切使わずに素材にこだわるから、味だけではなくそういった食後感にまで結果が現われているのかなと勝手に推測していましたが、地元の食材にこだわり、「氷見の名に恥じないように」と丁寧に仕事をされていると知って、大納得でした。

ご本人のモットーは、『毎日コツコツ、一生懸命』。
お客さんからの「ごちそうさま」が何よりのご褒美だと、朗らかな笑顔で語って下さいました。

氷見愛の込められた一品、是非一度味わってみてはいかがでしょうか。

 

氷見ラーメン本店

【住所】〒 935-0017 富山県 氷見市 丸の内12-7
【TEL】0766-72-1813
【営業時間】
 ■火曜〜土曜
ランチ :11:30〜14:00(LO13:30)
ディナー:18:00〜26:00(LO25:30)
■日曜
スープなくなり次第終了
【定休日】月曜日

対話する時間を <考えるパンKOPPEができるまで> 最終回(後編)

皆さん、こんにちは。写真家の北条です。
 
前回同様、お送りするのは、<考えるパンKOPPEができるまで>の最終回・後編。考えるパンKOPPE・竹添あゆみさんとの対談をお届けしていきます。
※前編はこちら
 

 
<過去の記事>
 
街中の明日を「考える」。
 
街の変化と共に。
 
蕾がひらく頃
 
対話する時間を(前編)
 

 
今回の企画では、考えるパンKOPPE店舗の2階、竹添さん夫婦のご自宅にお邪魔して対談させて頂きました。窓から差し込む昼下がりの光を受け、白を基調とした室内が優しい色合いに染まる朗らかな雰囲気のなか、約1時間にわたる対話を楽しみました。
 

 

 

 
またこちらでは、設計を担当された建築家・能作文徳さんと、能作さんが勤められている大学の学生さんと一緒に、珪藻土塗りを行ったのも思い出のひとつです。
 

 

 

 

 
後編では、氷見での暮らしのことや、教育・戦争・文化のことについて対話していきます。それでは、最後までお楽しみ下さい。
 

(※対談日:2020年4月12日※)
 
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<氷見での暮らしと県内の良さのこと>
 
※前編のつづき※
 
写真家・北条巧磨(以下、北条) あゆみさんは、氷見へ移住されていますよね?どうですか?外側から見て氷見は。少し話は変わりますけど。
 
考えるパンKOPPE・竹添あゆみ(以下、竹添) 私は、昔氷見で働いた時にいいなと思っていたので住みました。JAのガソリンスタンドが、朝日山の麓にあるじゃないですか?そこに『地産地消で元気なひみ』って大きな看板があるんですよ。あれは良いなーと思っていました(笑)。
 
北条 なるほど!
 
竹添 その時、「氷見って地産地消出来るんだ!氷見ってすごいな」と思ったのを覚えていて、かれこれ10年前くらいなんですけど。いまも立っていますよね。こんな時だからこそ、地産地消が出来るって稀有だし、豊かで良いよねって。観光とかをあまり意識したことがないんです。住んでいる人たちが、そこでできたものを食べたり、採れたものを食べたりして、というのが循環しているのだったら、こんなに良いところはないなと思いました。
 
北条 地産地消・・・なるほどですね。氷見って、お魚のイメージが強くて。寒鰤だったり。でも楽しいことって、もっと沢山あるじゃないですか?街中にしても里山にせよ海にせよ。それをもっとこう、自分はしっかり伝えたいです。暮らしの楽しさを。 
 
竹添 具体的に誰に伝えたいですか?
 
北条 自分は、富山県内の人に対して伝えたいのですよね。県外の人へももちろんなんですけど。日本には沢山あるじゃないですか?47都道府県の良いところや魅力が沢山。だからまあ、氷見じゃなくて、他のところでも良いと思うのです。富山県内の人って、旅行へだったり、進学・就職とかで県外へ行っちゃったりしますよね。だからこそ、県内の良さをもっと知って欲しいと思います。「何もない。」という考えから、観光地や都会へ行っちゃって・・・。それって、すごくもったいないなあと自分は感じています。
 
竹添 富山県内の人をターゲットにするのなら、説明は必要かもしれないですね。それは思います。海外とかに向けてだったら、むしろ説明が無い方が伝わるかもしれないですけどね。
 
北条 大型ショッピングセンターも良いですけど・・・ってなります。
 
竹添 なんかこう、身近な生活のなかに、山があったり海があったり原っぱがあったりするっていうのは、いろんな日本各地にあるかもしれないけど、それが自分たちの近くにあるっていうのが大事なことだから。身近に手が届くところに。でもまあ、外の情報を見ていいなーとか思っちゃうのも分からなくはないですけど(笑)。
 
北条 まあ自分も一回、進学で県外へ出ているというのもあるので。出たからこそ分かる富山の良さというのも知ったのですけど。氷見市に限らず県内の人が、県内の魅力をもっと知るべきだとは思いますけどね。
 
竹添 自信をもってね!
 
北条 そうなんですよね!自信をもってね!
 
竹添 県出身のスポーツ選手とかすごい人が出た!ということで、自分たちがこう喜ぶっていうのは分かるけど、それだけじゃなくて、この平常の毎日、日常が良いのだということに自信を持って欲しい。
 
北条 そういうことです。そういうことです。
 
北条 例えば富山市内から、井波や福光へ行くとプチ旅行じゃないですか?富山県に居ても、様々な文化が沢山ある。そんなことを楽しめるような雰囲気になるといいな、なって欲しいなと思うのですけどね・・・。
 
竹添 どこかの真似しなくたって、今ここが良いんだよっていうね。
 
北条 そういうのを伝えたいなと。ただ今、コロナの影響で県外にも出られない状況(※対談日:2020年4月12日※)になってきているので、変な話、見つめ直す良いチャンスなのかなと思っていますね。
 
竹添 ソーシャルディスタンスは取りやすい環境にはあるから。そうですよね。見つめ直して、自信を持って。
 

 
<教育と学び続けること>
 
北条 あゆみさんは教育の現場で働かれていたこともあり、働く立場の視点から、日本の教育ってどうなのかな?とお聞きしたいです。高校の先生で、東京で働かれていたのですよね?富山の教育も分かる範囲になると思うのですが。
 
竹添 富山で2年間、常勤講師を2年間やって、その後東京で10年くらい高校です。
 
北条 どうなんですかね?日本の教育って・・・。
 
竹添 学校に限って言えば、悪いとも思わないけど、もっと変化しても良いのになあと思うことはあったかな。でも、それは制度のことと言うよりは、ひとりひとりの先生たちの考え方とか子供に対する姿勢とかそういうので。もっとこうなったら良いなあと思うことが2・3割あったけど、7・8割くらいは皆さん頑張っている。否定的な立場ではないです。
 
北条 自分は教育を語る人ではないですけど。やっぱり、教育ってとても大事だなというのを、最近はすごく思っていますね。日本の教育は、平均的なヒトを作ってしまうというか、右へ倣え的な空気感があってー、というのを感じています。それは良くないなと思いつつ、日本の教育って、本当に大丈夫なのかな?と思ったりしています。
 
竹添 公教育ですからね。明治時代とかで全員が教育を受けられない時は、ぴょんと飛び抜けた人が10歳くらいで大学入ったりとか、そういうこともあったので、まあ良くも悪くも、押し並べてみんなが同じパッケージの教育を受けることができるという意味では、日本は世界的に比較してもすごいなと思います。ただその、副作用もやっぱりどうしても出てしまう。出る杭がない状態に、押し並べられてしまうというのは、確かに面白くないですよね。うんうん。
 
北条 自分は高校に居た時に、大学入試試験の為のドリル式教育だとか、そもそも入試自体が暗記ゲームみたいな感じになっているなというのを思っていて。そしてそれが、すごく面白くなかったというのが本音でした・・・。不満があったのですよね。
 
竹添 確かに昔と違って人口は減っていて、少子化はネガティブなイメージで語られるのが多いですけれども、それだけその子に応じたカリキュラムなり、本を渡すことができるとも考えられます。「この本を読んでみなよ」って渡すことで、その子をひとつ引き上げて、広い世界を見せてあげられる。そんな風にできたら変わるかもしれないですよね。沢山居て、みんなと同じ基準でその子を見る時代はもう終わっちゃったから。だから大学も、AO入試とか、ひとりひとりの興味関心や資質を見る方向にシフトチェンジしている。ただその、「この子にこういうことが語りたい」とか、「その子にこういうことを伝えたい」と思った時に渡せる本を、自分のバックグラウンドに持っているとか、「あの子にはそういう言葉をかけてあげたいな」と思えるように普段から関わっているかとか、そういうものを鍛えていないと、「今だ」というタイミングを逃してしまう。すごく難しいですよね。生徒に対する意識を保たなければいけないというか、勉強し続けなきゃいけないのは教員の方だなあ、と思います。
 
北条 なるほど、教員も勉強し続けなければいけないですか。
 
竹添 そうそう。だから、教員はたぶんこれで完成っていう教員像はなくて、常に勉強ですね。
 
北条 でも教員の方って、すごいですよね。なんだろう、ロールモデル的な正解もないし、ひとりひとりの先生によってタイプも違うし、やることの量も大変ですよね。部活動だとか。
 
竹添 私は、部活動は働いているうちはあんまりやらないで終わっちゃったんですけど。もしやってくれと言われたら、授業と部活動と自分の生活の両立はできないのでちょっと困ったなと・・・。今、働き方改革って言ってますけど、これを機に方向転換してもいいのかなと思います。上から目線なことを言っていますけど、基本的に先生たちはすごく頑張っていて、うん。本当に大変な中、よくやって下さっているので、ありがたい限りです。ただ、同じく勉強をし続ける者として、応援したいな、できれば色々シェアしたいなと思います。勉強し続けないと、本当に堕落しちゃう職業だとも思います。
 
北条 先生の勉強ですね・・・確かに。
 
竹添 ほんとほんと。勉強しないのに、「先生!」「先生!」って言われちゃうのは、ものすごく怖いことだと思うので。
 
北条 素人目線で思うのは、1年間のサイクルのなかで生徒に教えることをやっているので、同じことを繰り返し教えるようになってくるじゃないですか。例えば、1年生から6年生を教えてまた戻ってと。確かに、教員が勉強しないようになってしまいそうです。
 
竹添 忙しすぎてね。ほんとほんと。でもよくやっていらっしゃいますよね、うちの子ひとりでも大変なので、それで30人・40人なるともう大変だなあと思いますね。いつも本当にお疲れ様です。だからこそ、一緒に勉強しましょう。その姿を、どんどん子どもに見せましょう。
 
北条 働き方もそうですけど、学び方も変わっていきそうだなという流れはあるじゃないですか。それこそ、インターネットが普及してから、教育のあり方の変化があったりだとか、絶対学校に行かなくてもよいだとか。今のこの状況下で見えてきましたよね。
 
竹添 不登校な子たちを、今まで奇特な目で見てきたけど、その生活が全員になったような感じ。身近に思えるようになるかもしれませんね。
 
北条 あと、勉強が好きな子や元々出来る子って、自分からでも勉強するじゃないですか?その差がすごく出そうだなと思います。遊んでしまう子と勉強する子とで格差が出てきそうですけど。
 
竹添 まあその勉強を、何で計るか?というのもありますけどね。遊びだと思って虫ばっかり追いかけて、「また遊んでばっかり」って言われてた子が虫博士になったりとか。だからまあ、自分から見つけて何かをすることであれば、それは止めなくても良いのじゃないかなと。
 

 
<戦争とこれからの生き方のこと>
 
北条 戦争についてイベントをされているじゃないですか?それはどういう想いからやられているのですか?
 
竹添 それはやっぱり、忘れちゃいけないから。戦争を記した本などをたくさん読んだわけではないし、記録した写真集も進んでは開かないし。あんまり、具体的な歴史をよく知っているわけじゃない。夫の方がその点詳しいので、お任せって感じなのですけど。でも、戦争に関するイベントをやらなきゃいけないと思うのは、ただ”忘れちゃいけない”っていう想いがあるから。3.11の震災も、別に私が何をできるわけでも、大きな被害を被ったわけでもないですけど、ただ忘れちゃいけないと思ったからキャンドルナイトをしようとか、電気を使わないでいてみようとか。
 
竹添 特に戦争はどんどん、実体験をした方がお年を召しているので、実際の体験に触れる機会って間違いなく減っている。けれども、戦争文学とか戦争記録とかで語り継いできたものとか、アーカイブスみたいなものが残っている。それを忘れないように。
 
竹添 今回のコロナの件もそうですよね。忘れちゃいけない。100年前に同じようなことがあったのに、忘れていた、油断していた、みたいなところがありますよね。歴史は語っているというか、やっぱり同じ流れというのはあるから、その時の反省を忘れない為に。こうなった今、特に戦争が起こるんじゃないかとかは、ずっと考えてる。
 
北条 ”忘れない”という言葉に、自分はピンと来ましたね。正直なところ、戦争について語ろうとなると、ちょっとハードルが高くて・・・と思っていました。戦争を語るのは、自分で良いのかな?とか。
 
竹添 やっぱそう思っちゃいます?全然そんなことはないです。私も大して知っているわけでもなんでもないので。
 
北条 でも”忘れないこと”が、キーワードになっていくと、もしかしたら「自分も!」ってなるかも。
 
竹添 そうなんですね。若い人なかなか聞いてくれないなーと思っていたのですよね(笑)。そっかハードル高いのかあ・・・。なんて言えば良いのですかね?もう少しライトな方が良いのかもしれないけど。慰霊式とか、そういうのは全然行ったことないですけど、「そういうことがあったんだって、どうしよう怖いね。私たちはどうしたらいいんだろう。」みたいな話をするだけでも、なにかしら意味はあるかなと。
 
北条 なるほどそうですよね。戦争の時もですし、今回のコロナもそうですけど、緊急事態の時って、やっぱり人の本質が出ちゃうなと感じました。人の怖さとか特に。もちろん優しさも見えますけど、批判とか誹謗中傷とか、切羽詰まった時の人間の本性が見え隠れしますね。
 
竹添 この後ですよね。ナショナリズム的な流れになっちゃうとイヤだな。どっちで物事を見るか。このあと世界の人たちが、みんな繋がっているんだね、よく頑張ったねと称え合える日が来ると見るか。それともこれから、もっと引きこもろう、もっと排他主義になろう、自分たちの食料は分け与えないぞ、みたいな世界になるか。分かれ道なのかなと。
 
北条 その中でも、資本主義社会の中でーとなるじゃないですか。どう上手くやっていくかですよね。経済を見てとか・・・。
 
竹添 経済ねえ。いままでの経済とかっていうのも、たいして勉強はしていないですけど、ちょっともう取り敢えず、成長を目指す方向からはシフトチェンジした方が・・・。
 
北条 そうなんですよね。そこら辺もガラッと変わっていきそうですね。
 
竹添 インフラと文化。人が生きていく為のインフラを、みんな安心して供給されて、それを維持できて文化を楽しんで、みんなで守っていけるということを私は求めたいかな。最近の「自粛解除」=「経済活動再開」と安易に捉えるような言い方は、どうなんだろう。それ以外にも、もっと「人の営み」はあると思う。生活を維持する為の経済は必要だと思うんですけど、それ以上の余剰分は何にするのか、イマイチ想像が付かないので、私の庶民生活ではね。政治をやっている人たちとか、大企業の人たちとかが言っている「経済」の中身の想像が付かない。
 
北条 確かにそうですね。
 
竹添 それも今回の件で、浮き彫りになったじゃないですか?国の考えていることと、一般市民が考えている生活とのギャップの大きさが今、結構露呈されていて。なぜ今私たちの世界がこんなことになっているのか、ようやく真剣に考え始めた。そう意味では、これから先どのようになっているか興味があります。
 
北条 どう変わっていくかですね。不安ももちろんありますけどね。
 
竹添 そう、それこそ北条さんたちの世代が背負っていく(笑)。
 
北条 娘さんのもですよ(笑)!
 
竹添 うちの娘はまだまだですけど(笑)。どうなっていくかですよね。昭和の高度経済成長みたいなのをお手本にしない、新しい豊かさの価値観が創り上げられて、それで世界中が手を繋いで、みんなの毎日が豊かになる。どっかだけがお金持ち、どっかだけが貧困じゃなくて。不条理に命を奪われたり、報復や信仰のために武装したりしなくていい・・・。それはまあ、たぶん、私たちも北条さんも、どのような意識でこれからを生きていくかですね。
 
北条 難しいですよね・・・。考えていかなければですね。
  
竹添 難しいですけど、そう考えながら、希望はもっていたいなとは思います。
 

 
<文化と日常の星屑集めのこと>
 
北条 少し前に、まち歩きやフォトウォークみたいな形で、「カルチャーを作っていきたいね」と一緒にお話しをしていて、自分も実行できたらなあと思っています。でも、カルチャーを作るって難しいというか、一朝一夕でできるようなものじゃないですか?あゆみさんが思い描く、と言ったら言い過ぎかもしれないですけど、氷見のまちなかカルチャーとして望みはありますか?
  
竹添 そうですね。お店をしていて沢山、今までお会いしたことがなかったご近所さんにお会いするんですけど。皆さんすごい、ハツラツとしてお洒落なんですよ!もちろんお店をやってらっしゃる方もいるけれども、そうじゃない方もいらして。人に見せる為でなくて、自分の為に日々、小綺麗にちゃんと清潔に保つとか、ちょっとお洒落をするとか。見えないところでも、「今日はちょっと、靴下にワンポイント、自分で刺繍してみたの」みたいな。そういう自分の為に、綺麗でいたいというカルチャーというか、日常があるんだなあと思いました。そういうちょっとしたことを見つけて、スポットを当てていけたらいいなあと思いますね。内なる美しさとか、内なるトキメキみたいなものがずっとあって欲しい。それらをピックアップするとしたら、それこそ、お写真とか文章とかで、「こんなに皆さん素敵なんですよ」というのが、分かるといいかな。
   
北条 確かにお洒落でしたよね皆さん。プレオープン当日に、取材していて自分も感じました。お洒落な方が沢山おられて!
  
竹添 そうそう。新しいものじゃなくてもね。別にヴィンテージとかじゃなくても、何かしらポリシーを持っていらっしゃる方が多いので。そういうのが良いと思える価値観を共有できればいいなって。
   
北条 ただお洒落して出かけるところがなかったのかも(笑)。
  
竹添 (笑笑)そうかもしれないですけどね。
   
北条 でもお洒落したいですもん、KOPPEさんへ行く時とかは特に。少しお洒落して行きたいと自分も思うから。
  
竹添 ほんと皆さんお洒落ですよ!さっと、お店の段を降りていかれる姿を見ていると、「おー!マスタードイエローのタイツ素敵!」「お着物の小物使いがモダン!」ってこともあったりして。なんかね、そういうのは私だけ気付いているのはもったいないかなあー(笑)。みんなが知って良い、素敵なことを拾って。星屑集めみたいなことが出来たらいいなと思いますね。日常ですよね。大事なのは日常。
   
北条 なんか良いお話しを最後に聞けましたね!
  
竹添 実現するか分からないですけどね(笑)。
   
北条 いやーなんか、少し前に「氷見に新しいカルチャーを作っていかなければならないね。」なんてことを話していましたけど、いま既にあるので安心しました。
  
竹添 今あるものを発見したり集めて、美しい星をちょっと集めてみたいな感じですね。
   
北条 これから素敵な流れができていきそうですし、楽しいことをしていきたいですね!はい。それでは、これで対談を終わりたいと思います。貴重なお時間をありがとうございました!
  
竹添 ありがとうございました!
 

 
おわり。
 
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<後編のあとがき>
 
過去の記事を含め、連載<考えるパンKOPPEができるまで>を振り返ると、この後編でお送りした内容は、これまでお届けしてきた文脈とは異なるものでした。教育や戦争といったトピックに加え、昨今の情勢を受けてお互いが今感じている時事・社会問題的なことも織り交ぜながら対話してきました。筆者の知識不足もあり、浅く広い表面的な内容にはなってしまいましたが、その中でも、日々の暮らしや日常の中で大切にしていきたいこと、例えば「学び続けることの大切さ」や「忘れないことの意味」などなど、素敵な気付きを竹添さんから頂くことができました。そういった、日常の些細な発見が沢山詰まったこの対談を、皆さんへお届けすることは、何かしらの価値があったのではないかと感じています。
 
今回の対談を通して感じたことのひとつに、『対話をすることは、考えることや学ぶことと密接に繋がっているのではないか?』というものがありました。普段の生活では馴染みの無いような事柄であっても、他の誰かと対話をすることで、“自分ごと”として捉えられるようになったり、自分が興味を持っていることと繋がっているのでは?と感じられるようになったりするのです。筆者の場合、このコロナ禍で顕在化した社会の歪さに疑問を抱きながら、具体的な何かが分からずモヤモヤとしていましたが、今回の対談をきっかけに、様々な分野のニュースに目を向けてみるなど、日々の行動に少しずつ変化が生まれました。様々な年代、性別、職種や国籍など、それぞれの価値観を越えた対話は、良い意味の「変化」が生まれる原動力になることでしょう。
 
刻一刻と、物事や価値観が移り変わる2020年の現代。対話をきっかけに”自分ごと”として課題意識を持ち、能動的に学び考え続け、小さな一歩でも行動することが出来れば、私たちの世の中は少しずつ生きやすくなると信じています。そして、対話をすることから始まる循環型社会があるのなら、これからは皆さんと一緒に、次の一歩を踏み出していけたらと願います。
 
これにて、後編のあとがきと同時に、連載のまとめとしたいと思います。最後まで読んで頂き、本当にありがとうございました!