引っ越した氷見の家の前には梅の木がある。
今は街に住んでる元近所のおじさんのもので、好きなだけ採っていいよと言われているので、たくさんたくさんいただいて、梅干しと、梅シロップと、梅ジャムをつくった。
自分でつくった梅干しがほんとおいしくて、一番好きと思う。
梅と塩とお日様の力でこんなにおいしくつくれる、なんて恩寵。ナムナム。
今年はたくさん梅干しをつくったおかげで夏の土用を実感した。
土用とは季節の変わり目、立秋など立○の前の約18日間のことで、春夏秋冬それぞれにあるらしい。で、梅干しは天気の良い「夏の土用」に3日連続で干すものとされてるのよね。
梅の量に比してザルが小さいので、ちまちまと干しながら、夏なんてずっとカンカン照りじゃない?土用じゃなくても日光あたって乾けばいいよね?と思っていたのだけども、どっこい、ほんとうに立秋過ぎると台風が来たり、走り雨がきたり、晴れていても雲が多かったり、空が違う。梅雨明けから立秋までの、ぺかーっとした逃げ場のない晴れにならない。
ずっとあれじゃあしんどいから、そうでないのはありがたいと思いながら、ザル4回転めがなかなか始められず、途中、梅が夕立にあったりもした。夏ってただずっと晴れなわけじゃないというか、ぺかっと晴れが続く夏の土用が特別なのだ。
梅の実が熟す時期から塩漬けの期間を挟んだ頃にちょうど土用がくるのは、なんてうまくできてるんだろう!
干す期間は3日間くらいとされてる、その干し具合も絶妙。少し硬くなった表面のなかに、とろんとした旨味がぎゅうっと閉じ込められて、3日はそうなるのにちょうど良い地点なんだろうな。
保存食の知恵、無名の集合知、いいなあ凄いなあとしみじみ。
冷蔵庫も大事で、うちは梅酢があがったら冷蔵庫で保管する、塩と同じだけ砂糖も使う塩分濃度8%レシピでつくっていて、それがまたちょうどよい、しょっぱすぎず、甘みと旨味に嫌味のないナイスなおいしさを生み出してくれる。
そして、梅ってほんと凄い。梅シロップをつくったあとの梅は、そのまま食べてもおいしいし、種をとってオーブンで焼いてドライ梅にしてもいい。種は醤油をそそいで梅醤油に。梅の香りのうつった醤油、めちゃくちゃおいしい。白身魚の刺身に、梅ジャムちょこんと置いて、ディルかバジルを合わせて、ピンクペッパーもおいて、梅醤油をかけるとほんとおいしい。梅干しの副産物、梅酢もうつくしい。砂糖と塩で抽出された梅エキス、おいしくないわけない。なんて楽しませてくれるの。梅。
今年の夏はとくべつ暑かったけど、冷やし茶漬けにしたり、素麺にいれたり、梅干しがあると食欲のない時でもスルスルご飯が食べられた。塩分補給にもなるし、蒸し暑い日本の夏には梅干しが必要。冷蔵庫にあるだけでなんとはなしに安心できる。
「おかあさんの梅干しと世界中の梅がおいしいよ」と子ども。
「え、おかあさんの梅干しが世界でいちばんおいしい?」
「ううん。おかあさんの梅干しも世界中の梅干しもおいしいの」
ほう、ユニバーサルね。で、そういえば梅干しって世界中でつくられてるのか気になって検索してみると、もともと干し梅的なものが中国からやってきたのが発祥ではあるが、しっとりじゅわっとな梅干しは日本に固有であるよう(たぶん)。
梅がなって、塩漬け完了した頃に土用がきて、できあがった頃がちょうど梅干しが欲しい季節で…日本の気候風土に梅干しが潜んでる。梅干しつくりなさいよって、自然にいわれてるようなもんだと思う。
家の前の梅の木のおかげで、大量につくることで実感する梅干しの梅干したるあれこれを噛み締める。梅がぼろぼろ落ちるから気になって、採って採ってまた採って、でも採りきれなくて地面は梅だらけになって、なんとも気前がいいことだった。
梅干し4回転のおかげで夏の土用に気づいて、四季っていうか二十四節気っていうか七十二候なんだなあほんと、と思った。ものすごく暑かったけど、そのなかでも常に季節は移ろって、変化していくのは変わらない。
変わるものと、変わらないもの。ここにいると、変わらないものによく気づく気がして、それはちょっとした安心とか歓びにつながっている。